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退職しての挑戦-米国大学で専門家への道

米国からの手紙
 37歳の春、手紙を受け取りました。米国ミネソタ大学のダイアル博士から、大学院の博士課程の院生になり、彼の研究室で研究助手として働かないか、という旨の手紙でした。2年前に米国で会った時に、いつの日か米国大学院で博士号を目指して勉強をしたいという希望を伝えていたのです。ダイアル博士はミネソタ大学に移ったばかりで、研究を手伝ってくれる院生を探していたのです。

現状への不満と挑戦への動機
 当時の私は人生に迷っていました。獣医大学をでてから飼料会社で10年間、セールスマンとして働きました。大学では知りえなかった畜産のダイナミックな生産現場を知ることができました。そして農家生産者との交流を通じて、現場での生産の喜びも知りました。
 勤続3年を超えるころから、自分の仕事に不満を覚えるようになりました。自分は何の情報も創り出していない、情報を右から左へ流しているだけだという不満です。小さなものでも、自分が創り出した技術情報で農家に貢献したいという思いが強くなっていました。

専門家への道
 畜産でも乳牛・肉牛・養豚・採卵鶏・肉用鶏があります。違った動物のための科学・技術は違うのです。
 選んだのは養豚でした。養鶏に比べて生産技術や科学や産業化が遅れており、乳牛の酪農に比較して日本では専門家はほぼいない分野でした。科学的でない迷信的な情報もあふれていました。未熟な自分でも貢献できる可能性が高いと思いました。しかしどのようにしたら養豚の専門家になれるのかがわかりませんでした。

米国大学教授の農場訪問
 そんな時に米国大学から教授が来日し、農家で技術指導をする実地見学会がありました。その見学会では、教授が2時間かけて、農場主とともに農場の隅々まで見て、農場主に細かいところまで質問しました。そして3日後にレポートでその農場の問題点を鋭く指摘し改善法を提案してきました。その場で農場主に指摘しなかったのは、農場主に冷静になってもらうためでした。
 これがアメリカ流かと感心しました。米国の大学院で学び、実践的な分野で博士号を取れば、科学に強い養豚の専門家になれるのではと思いました。しかし米国大学への留学など夢のまた夢と思っていました。

不安の中での退職
 米国へ行くのが現実となると不安も生まれました。大学卒業後10年間、研究経歴も業績もない自分に博士号をとれる能力と資質があるのか、なにより長期の留学なので、退職せざるをえないのです。
 両親や大学時代の先輩や恩師など周囲は反対でした。遅すぎる、そして再就職は難しいという理由でした。当時は55歳定年の時代でした。37歳から5年で博士号を取得しても、フルで働く時間はあと13年しかありません。退職までしての進学は遅すぎると思われました。
 大学院修了は40歳過ぎになる自分に、学んだ専門を活かした就職はあるのかも不安でした。そこで勤務先で無給の長期休職させてもらえないかと訴えました。
「行くなら辞めていきなさい、もし米国大学を卒業したら再雇用も考えよう」
というのが当時の社長の結論でした。リスクをとるしかないと思いました。当時は3年分の生活資金がありました。いつの日か必要な時がくると思って貯めていたのです。失敗しても3年は何とかなるのです。妻は反対しませんでした。

アメリカの自由と希望
 37歳の夏、私は会社を退職し、家族で米国へ渡りました。ミネソタ大学に入学してみると、不安は完全に消え、未来への希望が大きくなったことを覚えています。米国の大学の気風と、そこに集まった人たちがつくる前向きな雰囲気のせいかと思います。後ろは見ない、一歩でも前に進むんだと気持ちが生まれました。そして退職したせいで、将来の職業選択も自由になりました。これが「自由」という感覚なのかと思いました。

大きな挑戦の11年後の結果
 望んでいた以上の結果になりました。米国博士号 (PhD)を取得できたこと、なにより米国農場での野外研究で、農家の成績改善へ貢献できました。さらに日本での就職もあり、渡米して11年後に家族で無事に帰国できました。
 しかし退職しての挑戦は積極的に奨めていません。運がよかったということが自分でわかっているからです。良いタイミングで良い人に出会い、道が開けたのです。一つでも外れていたら、博士号は取れず、米国にも残れず、意に沿わない就職をしていた可能性もあったのです。
 米国に来たが望みがかなわなかった人たちもいます。大病は犯罪に巻き込まれる可能性もありました。
「挑戦や冒険にはまずお金を!!」
と相談された場合は言ってきました。挑戦は思いどおりにならないこともあります。私の場合、望み通りでない結果であっても、貴重な経験と学びは残ったでしょう。資金を含めた十分な準備で挑戦した上での経験は、人生の糧と良き思い出です。

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