見出し画像

にゃん月記

月夜が清かに照らす山中、黒猫の姿が小高い岩の上に見えた。その毛並みは夜の闇を切り取ったかのように艶やかで、金色の瞳が月光を吸い込み輝いていた。猫は静かにため息をつき、そして語り始めた。


かつて、私は人間であった。名を李猫(りびょう)といった。唐の時代に生を受け、科挙に合格した秀才として人々から称賛された。だが、心の内には常に焦燥が渦巻いていた。世俗の官職に満足できず、詩人として名を馳せようと職を辞したのだ。

詩人として生きる日々は孤独であった。私の作る詩は人々の共感を得るどころか、時に嘲笑の的となった。あの頃の私は、他人の目に映る自分を恐れていたのだ。評価されない自分、見透かされる無力さ。それを隠そうとするがために、高慢な態度を装い続けた。

そして、私は、猫の姿になった。

ある日、山道でふと気が付くと、手ではなく前足が地面を掴んでいた。尻尾の重みが背中に心地よく感じられ、鼻先には風が運ぶ小さな獲物の匂いが漂っていた。その瞬間、私は理解した――これは罰なのだと。人間としての傲慢さ、恐怖、孤独。私が自ら作り出した檻が私をこの姿に変えたのだ。

猫として生きる日々は、かつての人間生活とは異なる悦びと苦悩に満ちていた。夜ごと月光の下で跳び回り、狩りをし、風の音に耳を澄ます。自由であるはずのその暮らしの中にも、心の奥底には消えぬ虚無があった。人間としての名誉や誇りが失われた今、私には何が残っているのか。


そんなある夜、山道を歩く旅人がいた。袁傪(えんさん)――かつての友であり、私とは異なり、官僚として安定した地位を築いていた男だ。袁傪の足音が近づくのを耳にしながら、私は迷った。姿を現すべきか、見知らぬ猫のように振る舞うべきか。

だが、彼の声が私の名を呼ぶのを聞いた瞬間、心の中の迷いは消えた。私は岩陰から姿を現し、袁傪と対面した。彼の目に驚きと悲しみが浮かぶのを見て、私は静かに語り出した。

「袁傪よ、見ての通り、私はこの通り猫となった。これは私自身が選び取った運命だ。おそらく、お前は私を愚かだと思うだろう。だが、この姿でなければ、私は己の本質に向き合うことができなかったのだ」

袁傪は私の言葉に耳を傾け、黙って頷いた。彼はその場に腰を下ろし、私が話すすべてを記録しようと筆を取り出した。


「袁傪、頼みがある。私の詩を人々に伝えてほしい。そして、私の家族に安寧を与えてくれ。私はこの身で何も残せぬが、言葉だけは、永遠に残るものと信じている」

袁傪は「必ずや果たす」と言い、私の前で深く頭を下げた。その姿を見て、私は初めて心の底から涙を流した。それは猫の瞳から溢れる透明な滴であり、月光の中で小さな星のように輝いた。

「袁傪、私が虎になれず、ただ猫の身となった理由を知りたいか。これが、私の選んだ運命だ――いや、私が逃げ続けた結果にすぎない。虎とは、恐れを超えた者がなるべき存在だ。強く、孤高で、畏れられるべき獣。しかし私は、そこに至る勇気を持てなかった。ただ闇を徘徊し、己の弱さを隠そうとする猫でしかない。

……この猫の姿は、私自身だ。臆病で、矮小で、せせこましい存在だ。だが、それでも私はこの身を受け入れねばならない。この柔らかな毛皮の内に渦巻く罪と傲慢を、そしてその中でようやく見えた真実を。

虎であれば、月に向かって吼えることもできただろう。だが猫の私には、それすらも叶わぬ。ただこうして、小さな声で願いを託すしかないのだ。袁傪よ、これが私の限界だ。だが、そんな私でも、詩だけは残せる。詩を通じて、誰かの心に何かを伝えることができるかもしれない。せめてそれだけを、私の残り火としたい」

袁傪は深く頷き、筆を取り出した。彼の真摯な態度に胸が詰まり、猫の私の瞳から涙が溢れ出した。それは月光に照らされ、細かな星の粒のように輝いた。

「……虎になれなかった。それでも、私はこの猫の姿のままでも、何かを残したいと願う。この矮小な自分を月に晒し、せめて罪を償いたい」

私の言葉は、静かな山の風に溶けていった。そして袁傪に背を向けた私は、月明かりの中、山の奥深くへと静かに消えていった。彼の目には、猫の後姿に哀しみと共感が宿っていた。私の尻尾は、わずかに揺れながら闇の中へと溶け込んでいく。

その後、私は再び山中へ姿を消した。袁傪が私の背に向かって呼びかける声を聞きながらも、振り返ることはなかった。

猫としての私の魂は、今も夜空を駆け巡っている。だが、袁傪が残してくれた言の葉は、時折風に乗って私の耳に届く。それは、かつての私が求めていた真実の欠片なのかもしれない。

「月は変わらず、ただ己が変わるのみ」

李猫の声が山々にこだまし、月光の下で風がそっとそれを運んでいく。その響きは静寂の中で消え、再び山には猫の影だけが残った。



虎志難成猫影孤
官場功名一紙書
詩心埋没千山暗
才名湮灭几春秋

月下徘徊思転折
心中阻隔几重途
勇気欠如成猫形
孤独烙印永不渡

才気未展魂飛散
傲骨潜藏淚満襟
山風蕭瑟聞無奈
自我囚禁自我禁

天地寥廓看変遷
唯有清月照荒川
身世如水終帰尽
静默無声是帰還

虎になる志は叶わず、猫の影は孤独
官場の栄誉は、ただの一枚の古い書簡

埋もれし詩心は、千の山々の闇の中
かろうじて光る才能は、幾春秋にも消え去る

月下に彷徨い、己の転機を思う
心の中には幾重もの障壁

勇気なき己は、猫の姿に変わり
孤独の烙印は、永遠に越えられない

才気は羽搏き、散り散りになり
傲骨は潜み、襟を濡らす涙

山風は寂しく吹き、無常を告げる
自らが作った牢獄に、自らを閉じ込める

天地の広漠は、移ろいゆくものを見下ろし
ただ清らかな月だけが、荒ぶる川を照らす

人生は水のごとく、やがては尽きゆく
静寂こそが、己の帰る場所

最後の帰還なり




ねこ様をモチーフにしたエッセイ集にゃ🐾


もっと、ねこ様のいろんな姿見てみたくないですかにゃ🐾?↓

ねこ様たちが気に入ったら、ぜひフォローしてね!次のパフォーマンスもお楽しみにニャ!

Noteでは未公開のねこ様たちの画像はX(旧Twitter)にて公開中にゃ🐾
よろしければ、フォロワーよろしくお願いいたしますにゃ🐾🐾

#odyssey617
#ねこ
#ネコ
#猫のいるしあわせ
#生成AI
#画像生成AI
#MidJourney
#エッセイ
#創作
#ペット






いいなと思ったら応援しよう!

odyssey617
サポートいただけるととても嬉しいです!皆さんの応援が、さらに良いコンテンツ作りの励みになります。いただいたサポートは制作活動に活用します!🐾

この記事が参加している募集