覚醒剤とうつ病
ポン吉にはポン中仲間の知り合いが大勢いますが、彼らに覚醒剤を使っていた理由を訊ねてみると、答えは主として2種類に大別されるように思います。1つめは快楽のため、2つめは気分の落ち込みから逃れるため、です。そして後者の場合、自分を含めてわりと高確率でうつ病持ちの人だったりします。いわゆるうつ病の典型的な症状である「希死念慮」から逃れるためにクスリを使っていたというものです。ここでは、うつ病の人が覚醒剤を使うメリット、デメリットを書いてみます。
■うつ病の人が覚醒剤を使うメリット
体験したことがある方はお分かりだと思いますが、うつ病の希死念慮はじつに厄介です。四六時中、世の中から消えてしまうことばかり考えてしまいます。精神科で投薬治療を行う場合でも、実際に効果が感じられるようになるまでには数週間以上かかりますし、残念ながら薬との相性で効果が見られないケースもあります。効果を待てずに実際に自死を実行してしまう人も少なくありません。
そんな時、劇的に症状を改善してくれるのが覚醒剤です。ポン吉が最後に覚醒剤を再使用し始めたきっかけも、うつ症状の緩和が目的でした。その時の体感として、覚醒剤の効果はじつに目覚ましいものがありました。喩えていうなら、今までモノクロだった目の前の景色が、一気にフルカラーになるようなドラスティックな変化です。自分に自信が持てるようになり、うつ病のため途切れがちだった集中力もフルパワーで漲るようになります。ポン吉が覚醒剤の効果を一番実感できたのは、うつで精神状態がどん底のときでした。
■うつ病の人が覚醒剤を使うデメリット
しかし、当然ながら覚醒剤は、実際には万能薬ではありません。初回の劇的な効果が薄れてくると、次第に覚醒剤のデメリットが表面化してきます。
まず、クスリの切れ目が来たときの状態が悪化します。元々、うつで塞ぎ込んでいたときの、さらに3倍も気持ちがダウンすることも珍しくありません。使っている時と切れ目がきたときの気分の高低差のギャップに、心も体も疲れ果て、大きなダメージを受けます。
次に、覚醒剤を使ったことによる「問題」の悪化です。うつ病になった背景には、仕事の悩みや人間関係のトラブルなど、発病までに何か原因があることも少なくありません。病院による治療ではその問題因子に対処できますが、覚醒剤は一時的に「問題」を棚上げするだけで、解決はしてくれません。したがって、クスリを使って効果が切れたときには、棚上げしたことで気付けば「問題」がさらに悪化しているのです。うつ病の人にとっては、さらに落ち込む原因となります。
最後に、覚醒剤を使うと逮捕/ガサ入れされるんじゃないかという余計なストレスがかかるということです。継続して使っていると、段々と追跡妄想が酷くなっていきます。部屋の窓から覗かれているんじゃないか、外に出たら警察官に尾行されているんじゃないか等々。
追跡妄想はそれだけでも精神状態を悪化させますが、切れ目の時に入る追跡妄想は、うつで不安が倍増され、ポン中にとってとてつもなく大きなストレス源となります。ポン吉は、このストレスに耐えかねて警察に自首した知り合いを複数名知っています。それくらい大きな不安に苛まれるのです。
■自己治療仮説
心理学者カンティアンは、依存症者が依存にふける理由は苦痛を避けるためであり、自分で自分の落ち込んだ気分を直そうとする、いわば「自己治療」なのではないかという仮説を提唱しました。
ポン吉が自身の経験に照らしてみても、この仮説はとてもよく理解できるものです。最初はうつ病の苦痛を緩和してくれたはずの覚醒剤が、気付けばさらなる苦痛の要因そのものになっている。そして、新たな苦痛を和らげるためにまた覚醒剤を使う──うつ病患者にとって、薬物依存症が「底なし沼」である所以です。