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目に見えぬ攻防
「今日も会議かぁ」
細身でグレーのスーツを着こなした俺はため息をついた。
「えーっと第三会議室はー…ここだな」
連日の会議でエンジニアとしての仕事が滞る。
それに 先月の誕生日に彼女にふられたことも尾を引いて憂鬱な日々が続いている。
「失礼します」
トントンと強すぎず弱すぎないちょうどいい力加減でドアをノックしてから入室する。
みなさんもうお揃いのようだ。
今日の会議メンバーは4人。
俺と課長に人事部の人と俺の直属の部下。
俺は簡単な挨拶を済ませる。
最後に入室したので 入り口に一番近い席に座る。
課長は俺の左前に座り、人事部の人が目の前で部下は左隣りに座っている。
課長が俺が一番よく見える角度に座っている良い席だ。
会議はかったるいが 最近長野支部への左遷の話が噂されている以上、なるべく上役にはポジティブな印象を残しておかないといけない。
長野支部ではモアイ像の研究をしているらしい。
意味がわからない。
なんとしても避けなければならない。
あんな極寒な場所じゃ俺は生きられない。
そして内容の薄い会議が始まる。
俺はノートパソコンで議事録を作成しながら会議に参加する。
ふりをしている。
頭の中ではまったく別のことを考えてしまう。
学生の頃からそうだった。
はやくこの不毛な時間が終わらないかーと妄想を膨らませてしまうのだ。
全校集会じゃよく校長の頭を叩くところを想像してニヤニヤしたもんだ。
今、突然課長の頭を叩いたらどうなるだろう。
「鬼」と恐れられている巨乳の課長。
速攻で左遷だろうな。
俺は妄想でニヤニヤするのを抑えるのに必死だ。
次の妄想へ移る。
あの巨乳…何カップだろう。
俺はバレないように自然な動作でメモアプリを起動させる。
そして唯一の特技である「推定カップ当て」を試行する。
ヌゥ!あのブラの形状、透け具合!
ヌゥ!これはFカップ!
俺はノールックでメモアプリに「Fカップ」と「ブラは紺色」入力する。
時計を見る。
まだ5分しか経過していない。
ふと課長の肩を見ると糸くずのような物が付着している事に気がついた。
何でもないことなのに妙に気になる。
会議に全然集中できない。
そっと左に座る部下を盗み見るが糸くずに気がついてる様子はない。
指摘するべきか否か…。
まさかこれはテストか?
糸くずが付いているのに指摘しなかった冷たいやつと評価して左遷するつもりじゃ…。
しかしそれじゃ俺と部下とどっちが対象かわからない。
いや、早押しか?
早く発見し報告した方が左遷を免れる?
それとも気づかれないように糸くずを取るチャレンジなのか?
すでに心理戦は始まっているってことか。
アニメで培った俺の戦術の広さを見せてやろうじゃないか。
ん?
あの糸くず、ちょっと動いているような…。
よく見えない。
しかし あんまりジロジロ見てはダメだ。
糸くずをどうするにしても、そのプロセスも評価されている可能性が高い。
なにか盗み見る方法はないか。
そうだ「無音カメラアプリ」だ。
俺はポケットからスマホを取り出し、課長の肩付近を撮影することに成功した。
すぐにノートパソコンに転送し拡大して確認してみる。
あの糸くずが もしエイリアンだったら?
課長は乗っ取られている可能性が高い。
それとも初めからエイリアンだったのだろうか。
しかしここには武器になりそうな物はない。
1日3万歩で鍛えたこの脚力で逃げるしかないか…。
そんな事を考えながら写真を拡大してみるとただの糸くずだった。
俺は安堵のため息をつく。
心配させやがって。
「あ、課長。肩に糸くずがついてますよ」
部下はそう言いながら立ち上がり、ササッと肩から糸くずを取り去った。
課長は笑顔で「ありがとう気が利くのね」と言う。
クソッ。
やられた!
部下の一歩リードってところか。
おもしろい。
ここから俺の本気を見せてやるぜ。
ガチャ。
突然俺の後ろの扉が開いて人事部の部長が入って来た。
「おや、使用中だったか。すまんすまん。ノックもせずに入ってしまって…」
どうやら間違って入室したらしい。
そそっかしい人だ。
しかし、部長は退室せずに俺のノートパソコンの画面を凝視している。
その顔は恐怖とも怒りともとれる複雑な顔をしている。
「き、君それはどういうことかね?」
部長はノートパソコンの画面を指さしながら俺に尋ねる。
俺はきょとんとした顔で画面を見た。
そこにはメモアプリと画像編集アプリが2分割で表示されていた。
画面左には課長の胸元拡大写真が。
画面右には「Eカップ」「ブラは紺色」と表示されている。
後日、俺は長野への転勤を言い渡された。