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福袋

「やっぱお正月の楽しみといえば、福袋よねぇ」

母はお正月になると必ずこのセリフを言う。
いつもは財布のヒモはガッチガチなのに。
何が入っているのかわからない福袋にはヒモが緩む。

「やめときなよ。どうせ役に立つものなんて入ってないんだから」

私も毎年同じセリフを言う。
そうは言うが私も福袋はたまらなく好きだ。

そして毎年同じように家族で福袋を求めて出かけるのであった。
家族総出で福を探す様は中々シュールである。

「最近の福袋は福袋感が足りないわね」

母はガッカリしたようにつぶやく。

最近の福袋は予めなにが入っているのかわかっており、平時に買うよりもお得ですよ という程度の福しかもたらさない。
よってハラハラドキドキは得られない。

「家に帰ってからの開封の儀からの落胆までが 福袋の楽しみであり、その楽しみ自体が『福』である」

これは最近、母が長い人生の中で見つけた幸福の真理らしい。

私は適当に「そうね」とだけ返事をする。

それにしてもどこも混んでいる。
インフルやコロナなんて誰も怖がっていない。
人類は強い。
これも福の神のご利益だろうか。
ともすれば福の神とはすごい神だ。
感謝しなければ。

母は福袋は好きなくせに並ぶのは大嫌いだ。 
この分じゃ今年も残り物の福袋にありつくしかない。

格言好きの母だが「残り物には福がある」という言葉ら嫌いらしい。

「誰からも避けられた福袋はけがれ袋よ」

これも母がよく言う独自の格言である。

そんな母と父と私と弟の4人は福袋を求めて歩く。
商店街は人でごった返している。
私たちはちょっとした裏路地に避難する。

こういう普段は通らない路地というのはワクワクする。

ある店の前で全員の足が止まる。
小綺麗な商店の看板には「宝船」と書いてある。

ショーウインドには「福袋あります」の張り紙。

母は吸い寄せられるように店に入っていく。
私たちもそれに続く。
店内には無数の福袋が陳列されていた。
福袋以外の商品がない。

「福袋屋さん?」

私が言うと店の奥から店主らしき人物が現れた。

「さようここは福袋専門店、福が訪れる場所じゃ」
「真に福を求める者のみ辿り着くとこができる」

店主はコスプレをしている。
七福神の福禄寿ふくろくじゅの格好をしている。
なかなか様になっている。

「今年は毘沙門天びしゃもんてんの福袋じゃ」
弁財天べんざいてんと僅差じゃったが惜しかったのぉ」

福禄寿が言う。

どうやら七福神のご利益にあやかった福袋のようだ。
母は既に品定めを始めている。
目が本気だ。

「これって中に何が入っているんですか?」

私は何気なく聞いてみる。

「毘沙門天の一部じゃよ」

福禄寿はよくわからないことを言う。

「よぉく考えてから選ぶのじゃ。これらの福袋は大変強い力を持っておる。その分、ひとつだけ福が裏返った袋がある。それを選んでしまった人間は毘沙門天となるのじゃ」

福禄寿がいうことはさらによくわからない。

いつの間にか私以外の家族は手に福袋をもっている。
父も弟も少し様子がおかしい。

「ねぇさっきお店の人がハズレがある みたいなことを言っていたよ?」

そんな私の忠告は 家族から完全に無視された。

「まぁハズレを引く可能性があるのも福袋の楽しみのひとつだよね。」

どうやら私は母の影響を色濃く受けているようだ。
それとも私もすこしおかしくなっているのかも。

「福袋4つくださいな」

母はご機嫌な様子で福禄寿に言う。

「お代はひとつ一万円じゃ」

福禄寿は笑顔で金額を提示する。

「高っ!」

私は思わず声を出してしまった。

しかし母は何も言わずに4万円を支払った。
福袋にどこまでも甘い母だ。
私はそんな母が嫌いではない。
楽しいことにお金を使うというのは正しい使い方だと思う。

「さぁ開けなさい」

福禄寿は言う。

「え?ここで?」

私が驚いていると弟が歓声をあげた。

「やった!これ右腕じゃない!?ラッキー!」

ついで父がぼそりと言う。

「父さんは膝のお皿だったよ。中吉ってところかな?」

母は満面の笑みで言う。

「毘沙門天の頭よ!これで今年の我が家は無敵よ!」

家族は速攻で袋を開けていた。

しかもなんか体の一部が入っているらしい。
趣味の悪い福袋だ。
福禄寿の言った 毘沙門天の一部 とはこういうことだったのか。
そんなんでご利益があるんだろうか。

私は恐る恐る袋を開ける。

「ちょっと 私の袋空っぽなんだけど」

私の声を聞いた福禄寿の目が大きくなる。

「おめでとう。お主は今年から毘沙門天じゃ」

おぉと家族から歓声が上がる。

いや、性別違うやん。
私は冷静にツッコむ。

「魂が毘沙門天になるのじゃ。性別など問題ではない」

「では今年1年間、人々に福を与えよ」

「七福神の中でもっとも福を与えられなかった神は、来年の福袋行きじゃ」

「2年連続毘沙門天にならぬように祈っておるぞ」

福禄寿は高笑いをしながら言う。

家族は総出で私に祝福の言葉を贈っている。

「ちょっと!私、毘沙門天とか言われてるのになんでみんな笑ってるのよ!」

私はこの流されやすい家族にも腹が立つが、福禄寿にも無性に腹が立ってきた。

なにやら闘志のようなものが内側から湧いてくるようだ。

「受けて立ってやろうじゃないの」

どうやら私の中の毘沙門天が疼いているようだ。

『福禄寿に復讐を』

私の魂に語りかけてくる。

私の魂と毘沙門天の魂が融合する。

『福禄寿に復讐を』



私は福袋になるつもりはない。
他の七福神にも興味はない。
狙うは福禄寿のみ。

「他の七福神を買収して福禄寿を福袋行きにしてやるわ」

こうして私は「宝船」の一員となった。

「フフフ。来年の福袋が今から楽しみ」


あぁこれだから福袋はやめられない。

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