【児童精神科コラム】いじめ現場の目撃 そして児童精神科医へ・・。
■今でも忘れられない小学校時代の事件
私が通っていた小学校には、「養護学級」(現在の特別支援学級)というクラスがありました。
私が小学1年生だった時、養護学級には自閉症の子が1人だけいたそうですが、それは後から知った話です。当時の私は、そのクラスがなんのためにあって、何をしている所なのかは、わかっていませんでした。
でも、教室の存在だけは知っていました。ただ、そのクラスは職員室と同じ1階にあって、私がいた1年2組の教室は2階にあったため、交流もありませんでした。
そんなある日。
2階にある男子トイレに行くと、奥から声が聞こえてきました。
「何か言ってみろよ」
「ほら、どうしたんだよ」
奥を覗いてみると、隣のクラスの男子児童5人が自閉症の子を取り囲んでいました。自閉症の子は両手で自分の顔を守り、「あーあー」と言っています。
何か良くないことが起こっている気がしましたが、私は、何が起きているのか理解ができませんでした。そして、怖くなってその場から逃げてしまいました。
■まっすぐ視線が向けられる。目撃者の恐怖
一週間が過ぎ、この前のことが記憶から薄れてきたころ、またその場面に出くわしました。
男子トイレに行くと、何かがぶつかるような音がしました。私はダメだと思いつつも、自分の行動を止めることができず、そっと奥を覗き込みました。
そこにいたのは、例の5人の男子児童と自閉症の子です。自閉症の子は地べたにしゃがんでおり、その周りを5人が取り囲んでいます。そして、自閉症の子のお尻を蹴り上げました。どの男子も、みんなお尻を蹴り上げていました。
私はまだ小学1年生ですから、やはりそれがなんなのかはわかりません。ここにいてはいけないような気がして逃げようと思った、その時です。自閉症の子と、目が合ったのです。彼は怖いぐらい真っすぐに私を見ています。
私は男子児童たちの行為よりも、その子の視線の方が怖くなって、気が付いたら走って逃げていました。
■どうしてそんな行動を取ったのか?
その後、ホームルームで自閉症の子がイジメられていたことを先生が児童に伝えました。誰が誰をイジメていたのかは言いませんでしたが、私はすぐにあの光景だとわかりました。
そして、私の中にある疑問が生まれました。私はあの場面を見て逃げることしかできませんでしたが、イジメられていた子が自閉症の子ではなく同じクラスの子、もしくは健常児だったら、どうしていたのだろう、と。
おそらく、相手は5人もいたので、自分の手ではどうにもできないと思い、同じくその場で止めることはしなかったでしょう。しかし、なんとか助けようと、先生を呼びに行ったのではないでしょうか。でもそれをしなかったのは、私は彼が自分とは違う子だから、言葉も発しない子だから、仲間と見ておらず、助けなかったのかもしれない……。そんな思いが、頭の中に浮かびました。
それから十数年後。私は児童精神科医になりました。今でもあの時の、あの目を思い出すと、心臓がズキズキと痛みます。当時の私は、自分のしたことが本当に酷いことだったとは理解していませんでした。それに彼の目が、私に助けを求める目だったということも、わかっていなかったのです。
養護学級にいたあの子は自閉症でしたが、障がい児と言われる子たちは、人とのコミュニケーションを取りたくても、上手に取れないところがあります。
障がい児たちを見ていると、彼らは彼らなりのコミュニケーション方法で、私たちと接しようとしていることがわかります。受け取る側が、相手が何をしているのかに気づいてあげることが大事だと、私は彼らを見てそう思うようになりました。
この出来事は、今でも私を苦しめています。ですが、私は当時に戻ることはできません。だから児童精神科医として、前を向き、これから先は助けることのできる人でいようと思っています。