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塔8月号 若葉集より好きな歌五首

毎月恒例になってきました、短歌結社誌「塔」・若葉集から、私の好きな歌五首です。
いつものように敬称略、個人的な感想を綴ります。
もし、作者の方で、「こんなこと書いてほしくない!」という方がいらしたら、すぐにご連絡ください。削除します。


満月は海にひそかに溶けてゆき海底に沈む骨へふりつむ/大林幸一郎

166p

連作のほかの歌から、あの3.11のことについての歌だとわかります。
大林さんは、宮城にお住まい。あの震災で大きな被害を受けた地域です。
この連作を読んで、どのくらい月日が経とうとも、やはり想いはそこへ帰ってゆくのだなぁ、ということを思いました。
美しく詠っていらっしゃいますけれど、その内にあるとても大きな悲しみを感じました。
満月の光は、降り積もり降り積もり、いつまでも骨を照らし続けるのだろうと思います。


ささがきは本で覚えた十八で出た我れ母の技を習わず/YASUKO

166p

このお歌には、とても共感しました。
なにせ、私もまったく同じだからです。
私は厳密には二十歳まで同居していましたが、短大を家から遠い場所に選んだので、往復に時間がとられ、早朝から深夜まで家にいませんでした。
そして、卒業後、職場に通えるところに引っ越しましたので、母から料理を習う時間がありませんでした。あ、いや、本来なら、もっと幼いころにお手伝いでもして、少し母と一緒に料理などすればよかったのですが、それもやらない親不孝な娘でした(^^;;)
その後、私の場合、二十二で母が脳卒中で倒れてしまい、なにもかもの記憶を失ったので、たとえば結婚するから、と料理を教えてもらう、ということもできませんでした。すべて、本で覚えました。
それも、ちょっとした後悔とともに心に残っています。
YASUKOさんも、そうなのだな……、お互い、切ないですね、と思って読みました。


すこしづつ記憶をごみに出す支度これはうれしい紙これは悲しい靴/藤田ゆき乃

166p

引っ越しをする準備をしているのだと思います。
長く住んでいたのでしょうか。さまざまなものを整理し、新生活に必要のないものを捨てていきます。その中には、雑誌や本もあったことでしょう。なにかメモを書きつけた紙もあったのかもしれません。
そんなたくさんの片づけの様子を、「これはうれしい紙これは悲しい靴」と詠まれます。
「紙」と「靴」という選択がとても効いているように思いました。
記憶が紙や靴と結びついている。
こうして、短歌など、文字で表現する人ならではだと思います。
実際にその紙になにかが書きつけたあるわけではないでしょう。そもそも紙ごみなんて、そんなに出なかったのかもしれません。それでも、「記憶」は「紙」や「靴」に結びついているのです。
新生活が佳き滑り出しであることを祈っております。


二人子の床にまきたる靴下を芽吹きてしまふ前に拾ひつ/小金森まき

167p

子どもの点・点と脱ぎ散らかした靴下を集める日常的な動作が、どうしてこんなに綺麗な歌になるのでしょう。
小金森まきさんは、いつもながらとても素敵な、詩情あふれる歌を詠まれるなぁ、と、ほうっとため息が出ます。
連作の中の

「このなかにちつちやいママがすんでるの」つみきの家のわれに会ひたし

というお歌も好きです。


生真面目で背筋をピンと伸ばしてる明朝体は生徒会長
運動部のゴシック体は短髪でミニマリストでさばさばしてる
卒業をしてからずっと会えないが教科書体は初恋の人
退職をしたならきっと江戸勘亭流の生き方をしてゆくつもり/塩田直也

この感性、すごいですよね!
明朝体の歌を読んだときに、じゃぁ、ゴシック体はどんなかなぁ、と思っていると、つぎつぎと「江戸勘亭流」まで続くのです。
そんな風に字を思える余裕とユーモアがとても好きです。
そして一回読んでしまうと、もう明朝は優等生に、ゴシックは運動部のガタイのいい人にしか見えなくなります。
これからは文字を読むのが楽しくなりそうな連作でした。



以上、いつものように、好き勝手書きました。
いつも、素敵な歌を読ませてくれる、「塔」の若葉集が、大好きです。

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