東洋思想の素晴らしさに気づかず西洋文化に夢中になる日本人たち
外国人の落胆
海外から日本に憧れを持って訪れる人たちは、日本人は仏教や神道などを学んでいるのでさぞかし高尚な精神状態で生活を送り、満たされた人生を送っているものだと期待して来るようです。
しかし、日本に降り立った彼らはすぐに、東京など都会でぎゅうぎゅうの満員電車に押し込まれ、死んだ魚の目をして職場へと向かう日本人たちを見て幻滅します。
おや? 想像と違うぞ、と。
日本人たちは皆ストレスを抱え、常に何かに対して苛立っているように見えます。
カントリーサイドの人たちならまだマシかと思って田舎を訪れても、単一民族意識が強い日本人は排他的であり、「日本にいるんだから日本語喋れ」という態度の年配の人も多く、その共同体に打ち解けるまでに時間がかかるか、もしくは永続的な村八分のような扱いを受けて海外からの来訪者は失望します。
もちろん、グローバル社会で育った若者を中心にウェルカムなスタンスで迎えてくれる人もいますが、外国から来た人を「黒船襲来」かのように奇異の目で見る保守的な人もいるのです。
海外で生まれ育ち、日本に良いイメージを持ち、日本人は親切だと思い込んで留学のため来日した台湾人のジャスティン君(仮名)は、東京の都心部で、突然人が倒れたにも関わらず忙しそうに見て見ぬふりをして通りすぎていく日本人たちを見て衝撃を受けたと言います。
特に都会の、時間に追われるようにして過ごしている日本人は、なるべく他人と関わらずに生きようとしています。
余計なトラブルを避け、他人と関わることは時間が奪われることだと考えているようです。
結局、その倒れた方はジャスティン君の行動に気づいた通学中の女子高校生が救急車を呼んでくれて一命を取り留めたようですが、ワーカホリックの皆さん、労働と倫理観の価値が逆転していませんか?
最近では日本の良さとは何かと日本人に訊いたとき、アニメや漫画、原宿系ファッションなどポップカルチャーを挙げる人も多いですが、残念ながらそれは外国から見た日本の素晴らしさとは乖離しています。
もちろん、海外にもそれらポップカルチャーから日本に関心を持つ方も少なからずいますが、それは全体から見れば少数派です。
日本の伝統工芸や農業などに関しても、もはや日本人の後継者がおらず、海外から日本文化に関心を持って訪れた外国人が後継者として学んでいる事例が多くなってきており、日本人たちは利益ばかりを求めて儲かる仕事にしか興味がありません。
現在の日本
第二次大戦の降伏以来、日本はアメリカの傘下に入り、アメリカのカルチャーに憧れるように仕向けられてきたため、日本の本来の良さを忘れてしまったのかもしれません。
元はと言えば、明治維新の頃に「洋服」を受け入れたことが終わりの始まりだったとも言えますが、もちろんこれらを拒み、鎖国的なスタンスを採っていたとしたら貿易において相手にされなかった可能性は確かにあります。
日本は元々、その歴史を紐解くと、海外から持ち込んだ文化を独自に昇華することに長けている国民性です。
文字、宗教、食べ物、電化製品など外国から輸入したものを日本の風土に合わせて品質を向上させることが巧みでした。
しかし、これはもはや過去形になってしまったのではないかと感じています。
日本の中高年は高度経済成長期のソニーや松下などの電化製品、トヨタやホンダなどの自動車全盛時代を未だに最近のことだと思っていて、日本は先進国だと信じていますが、実はもうその勢いは終わっています。
今世紀前半のマネーの中心であるIT分野において、世界的に成功しているのはほとんどがアメリカや中国、韓国などの企業であり、日本は完全に置いていかれています。
確かにひと握りの優れた研究者も存在しますが、日本のIT企業大手「楽天」や「ソフトバンク」などは世界規模のビジネス展開ができておらず、中国やインドなどがその何十倍、何百倍のスピードで発展を遂げています。
さまざまな誤解
日本人が誇らしげに語ることのひとつに、「長寿」があります。
海外でも日本人の食生活がその長寿の理由だと信じ、和食のブームなども起きていますが、食事だけが理由だと証明されているわけではありません。
「いま長寿なのは西洋のファストフード文化などが日本に導入される前に育った人たちだから、これからの日本人はそういった添加物だらけの食品に毒されているので短命になる」という持論を展開する人がいますが、そもそも考えてみてください。
だとしたら、なぜ19世紀までの日本人の平均寿命はそれほど長くなかったのでしょうか。
驚く人もいるかもしれませんが、1900年の日本人の平均寿命は44歳、1950年でも61歳です。
当時から80歳や90歳まで生きる人はいましたが、乳幼児死亡率が高く、結核や肺炎などの病気が治療できなかったため、平均寿命は低かったのです。
乳幼児死亡率が高かったので、当時は7〜8人兄弟が当たり前であり、乳幼児死亡率が下がるにつれて、出産人数も減ってきたのです。
ハンス・ロスリングの『ファクトフルネス』を読めばわかりますが、これは世界の真理です。
要するに、単純に医療の発達によって延命されているだけの話であり、本来死ぬはずだった人を無理やり延命させているからこそ、生産年齢層と高齢者のバランス比率がどんどん悪化しているのです。
医療の必要以上の発展は危険であり、少子化を騒ぐ前に根本的な問題を解決するべきだと思います。
ニューエイジムーブメントの時代に育ったスティーブ・ジョブズが東洋思想に魅了されてリード大学を中退し、インドに渡って禅を学んだことは広く知られていますが、彼の導師(グル)は日本人の乙川弘文(おとがわ こうぶん)という曹洞宗の僧侶でした。
鎌倉仏教の6宗派の中で坐禅(すなわち瞑想)を最も重要だと説いているのは、禅宗の系譜を引く臨済宗と曹洞宗だけです。
臨済宗は師から与えられた公案(こうあん=課題)の答えを探求しながら坐る看話禅(かんなぜん)であり、曹洞宗は只管打坐(しかんたざ)、いわゆるただひたすら坐る黙照禅(もくしょうぜん)という違いがあります。
また、近年Google、Facebook、Microsoft、Yahoo!、ゴールドマンサックス、マッキンゼーなど一流企業が採用していることでも有名となったマインドフルネスの根拠となる「ヴィパッサナー瞑想」というものがあります。
ビートルズやビーチボーイズなど著名なセレブ層が学んだことから世界中に普及したインドのマリハシ・マヘーシュ・ヨーギーが創設したマントラ瞑想のひとつ「超越瞑想(TM=Transcendental Meditation)」は、アメリカの軍や企業、ブラジル警察、日本のトヨタ、京セラ、住友重工、NECなどでも採用され、映画監督のデヴィッド・リンチは学校教育に超越瞑想を取り入れるために財団を設立しています。
超越瞑想(TM)は、上記以外に公言しているだけでもクリント・イーストウッド、マーティン・スコセッシ、トム・ハンクス、アーノルド・シュワルツェネッガー、ヒュー・ジャックマン、ジム・キャリー、キャメロン・ディアス、グウィネス・パルトロー、ジェニファー・ロペス、リヴ・タイラー、リンジー・ローハンなどのハリウッドセレブ、ポール・マッカートニー、ケイティ・ペリーなどのアーティスト、ミランダ・カーなどのファッションモデル、イギリスの元副首相ニック・クレッグ、元外務大臣ウィリアム・ヘイグ、ブラジル初の女性大統領ジルマ・ルセフ、コロンビアの元大統領フアン・マヌエル・サントスなどの政治家やその他にもインドの企業、アメリカやセネガルやドミニカ国の刑務所、モザンビークの軍隊、コロンビアの教会などで実践されています。
米軍では、ベトナム戦争からの帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス症候群)に対する効果の検証を目的に採用されました。
日本での普及は、オウム真理教の一連の事件により、東洋思想が大きく誤解された結果、流行は下火になったという経緯があります。
まとめ
日本人は敗戦後、アメリカナイズされ急速にアメリカ文化に傾倒した結果、本来の日本が持っていた古き良きものを蔑ろにしてきてしまいました。
今では逆に、西洋人のほうが日本の素晴らしさに気づき、その伝統や本来の思想を守っていこうと行動してくれている状況です。
確かに、手に入っているものよりもまだ手に入っていないもののほうが欲しくなるのは世の常です。
GHQに改造された日本の教育では、仏教や神道を教える学校はわずかであり、ましてやそれを学んでいる生徒たちも、それらをダサいとか面倒くさいと思って嫌悪していることが多いのも実情ではあります。
日本人はごく一部の過激な煽動者の影響で、宗教や思想を危険視している風潮があり、「無宗教」を自称することをカッコいいと捉えている傾向があります。
ですが、彼ら自身が死んだときに無宗教として行なわれる葬儀はごくわずかだということを知っているでしょうか。
無宗教を自称しても、ほとんどの国民は家系的に何かしらの宗教に属しています。
そもそも資本主義や社会主義などのイデオロギーも、宗教と呼ばれていませんがお金という神を崇拝する宗教であり、誰もがその宗教世界で生きています。
現代における最も著名な禅師であり、西洋社会にマインドフルネスを紹介したことでも知られるノーベル平和賞候補者ティク・ナット・ハン師は、「犬を飼ってたけど死んじゃってとても悲しかった。どうすれば悲しくなくなるの?」と問う少女にこう答えます。
さあ日本人の皆さん、この国の本当の良さを海外の人たちが教えてくれようとしています。
灯台もと暗し。
温故知新。
日本で生まれ育った人たち自身が、そろそろ気づくべき時期ではないでしょうか。