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【読書ログ】ようこそ、ヒュナム洞書店へ

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』
ファン•ボルム作 牧野美加訳
韓国の小説の翻訳。2024年本屋大賞翻訳小説部門の1位に選ばれた。

先日家族に「『成瀬は天下を取りに行く』って、本屋の話らしいよ」と言われたのだが実際は全然違っていて「???」となっていた。
あれはこの本の情報がまざっちゃってたんだなあ。

本屋大賞は本屋大賞でもこちらは翻訳小説部門。そういう部門があることを今回初めて知った。

ヒュナム洞書店は駅から少し離れた住宅街にある書店だ。本を購入するだけではなく座ってコーヒーを飲むこともできる。店主のヨンジュは事情があって突然この店を始めた。
ヨンジュとバリスタのミンジュンがいるこの店にいろんな人がやってくる。それぞれが悩みを抱えているがやがて自分なりの答えを見つけていく。

登場人物たちがお互いを尊重しあっている関係性が素敵だ。
みんないい人たちで優しい世界…ずっと浸っていたい。

ジミは黙ってミンジュンを見た。今彼の言った言葉が気に入った。迷い、思い悩みながらもずっと自分に言えずにいた言葉を、彼が勇気を出して言ってくれていた。ジミは彼を見て微笑んだ。そして指でOKのサインをしてみせた。

「応援します」
ヨンジュの目が少し大きくなった。
「わたしをですか?」
スンウはやさしい目で彼女を見ながら言った。
「はい、代表さんの幸福感を応援します。しょっちゅう感じられるといいですね、幸福感」


「働くことと休むこと」もこの本の大切なテーマのひとつだ。「ヒュナム洞」は架空の地名だが、ヒュは漢字で「休」と書く。

働きすぎて燃え尽き症候群になってしまった人、就職活動がうまくいかなかった人、心をすり減らしてまで働くことに違和感を抱く人などが登場する。このお話は、本当の意味で豊かな人生を送るというのはどういうことなのか、彼らが自問自答し実践する物語でもある。そこにははっきりと読者へのメッセージがこめられている。そういう意味では自己啓発的なところもある小説だといえる。

少し前に読んだ『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆著)にも通ずるものを感じた。

ひとつ読んでいて気になったところがあった。
主人公のヨンジュの台詞やモノローグによく「善く生きよう」とか「正しくあろう」という言葉が登場するところだ。ヨンジュのひたむきな思いが滲んでいて、心を打たれる場面でもあるのだが、ちょっと心配にもなったのだ。それってなかなか大変な生き方だと思うし、小説ってモノの見方は教えてくれるけど、正しいことを書いているってわけでもないよね?(と私は思っている。)だから本読んだからといっていい生き方になるかというとそうとも限らないのでは?

とはいえヨンジュだって、正解を見つけたわけではない。こうしたらどうだろう、次はこうしてみようという前向きな気持ちで毎日を進んでいく。
そんな姿に自分を重ねてちょっと元気をもらえるのがこの本の素敵なところだと思う。

日々を忙しく過ごしている人には刺さること間違いなしだ。あと韓国ドラマ好きにもおすすめ。翻訳小説は苦手という方もこの本は読めるはず。訳がとっても読みやすく映像が浮かぶようだし、一章一章が短いのでどんどん読める。登場人物の名前さえちゃんと最初に把握しておけば大丈夫。なんなら最初の方に登場人物一覧がのっているから安心だ。

作品全体にほっとするような雰囲気が漂っていて、励まされたのとはまた違う、そっと背中をさすってもらったような温かい心地がする読書体験だった。

ていうか私、本屋さんになりたいんだけど?ヨンジュの働き方、超理想なのだが。でもこの本が言いたいのはそういうことじゃないか。
いや、でも、やっぱり生き方の候補のひとつには入れとこうと思った。


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