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バンコク、灼熱の街で
「しばらく、自由に過ごしてもらって大丈夫です!」
4月1日、主治医にそう告げられた。不妊治療なるものはとにかく制約が多いのだけれど、あれもダメ、これもダメ……という日々をしばらく過ごした末に妊娠不成立となれば、束の間の自由が訪れる。けれどもその次の移植が上手くいけば妊婦になる訳で、今ここで提示された自由は、30代最後の自由……になるかもしれない。そう考えると途端に焦燥感が生まれてくるもので、「どこか遠くに行くなら、今!」と夫にLINEした。
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我々夫婦は、一緒に海外旅行をしたことがなかった。付き合い始めた頃は疫病の影響で国境を越えるハードルが少し高かったし、さらに怒涛の円安で外に出る気も失せてしまった。そうしているうちに不妊治療を始めたので、貯金、健康、精神を目減りさせていき私はすっかり出不精に。
一方で、研究職の夫は学会がある度に世界各地へ飛び立っていく。行ってらっしゃいと言った後の数日間は、家でひとり文章を書くか、本を読むか、食うか寝るか、スマホを見るか。そうして過ごしている中で「この1週間、主治医以外と喋ってないな……」とはたと気がつく。持ち前の憂鬱な性格に拍車がかり、外を飛び回る夫とのコントラストは激しくなるばかりであった。
夫婦間のコントラストが激しくなると、不具合が増えて宜しくない。ずっと書いていた本の印税も入ることだし、30代最後……かもしれない束の間の自由は、一緒にどこか遠くへ行こうと航空券を探した。できるだけ朗らかな、明るい場所へ。
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7時間弱のフライトを終えて到着したのは、タイ・バンコク。私にとっては8年ぶり、2度目となる灼熱の都市。…………いや、灼熱というか、外に数秒いるだけで皮膚という皮膚から水分が蒸発していくような暑さ!!バンコクって、ここまで暑かったっけ?! と驚いた。
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気温を見れば37度、さらに排熱で体感温度はそれどころじゃない。以前8月に訪れたときは、ここまで暑くはなかったのに……と困惑したけれど、季節風の影響で、バンコクが1年で最も暑くなるのは4月らしい。それを証明するかのように、ホテルに向かうまでの道中何度も水鉄砲で狙われた。
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というのも、到着した日はタイの旧正月、ソンクランの真っ最中。別名「水掛け祭り」とも呼ばれるこの期間はまるで渋谷のハロウィンの如く、若者や旅行者たちが歓喜踊躍の大騒ぎで水を掛け合いながらはしゃいでいる。
私は大きな音や騒がしい場は苦手……なのだけれど、強烈な異文化を前にするとそうした些細な嗜好はどうでもよくなる。水鉄砲で狙われる度に「やめて〜!」と我が身とスマホを庇いながら、鬼ごっこで逃げるときのような気持ちになりつつ宿へ向かう。
そして到着したのが、アリヤソム・ヴィラ。
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南国の植物たちに囲まれたクラシカルな白い建物を目にしたとき、「あぁ、我が検索力に狂いなし!」と歓喜した。
私は自分好みの人や作品や場所をネットで探し出す……という能力だけは自信があるのだけれど、バンコクという街で好みの宿を探すのは少し難易度が高かった。というのもそのほとんどがラグジュアリーな都市型ホテルで、この土地の趣を存分に感じられるような場所が少ない(それは丸の内や渋谷のような大都市で、老舗日本旅館を探すようなミスマッチな行為であるとはわかっちゃいるのだけれども)。でもしつこく宿という宿を調べていって、辿り着いたアリヤソム・ヴィラのこの見事な植栽!
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遠い場所に行くときは、その土地だからこそ存在出来ている美しさに触れたいという欲が湧くけれど、その観点で言えば植物に勝る存在は少ない。もっとも、「虫がいて最悪!」という無慈悲なレビューが付けられる現代では、そうした宿の希少性は高まるばかりなのだけれど。
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そうして宿を探索したのち、暑さに耐えきれずヴィラのプールへ。これは我々としては、大変な事件。
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というのも私と夫は、レジャーというレジャーを避けて生きている超エリート運動苦手人間。体育の授業中に嘲笑され続けてきた……という古傷が齢30を超えた今でも化膿し続けているので、日本では水に浸かる機会など皆無。
けれども旅の恥は掻き捨て……というかプールに誰もいないので、泳いだり浮かんだりと心ゆくまで自由に過ごせた。相対的に運動が苦手とは言え、身体を動かすことは楽しいし、泳ぐのも楽しいことなのである。もうこれだけで、飛んで来た甲斐があったねぇ……としみじみ喜ぶ私。
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しかし! なんでバンコクを選んだかって、私と夫の数少ない共通の趣味が「タイ料理を食べること」であるからなのだ。
Instagramで皆様に教えてもらったローカルフードに挑もうと街へ繰り出す……も、電車を待つのも危険な暑さ。そこで事前にダウンロードしておいた配車アプリGrabでタクシーを呼ぶ(会員登録にはSMS認証が必要なので、到着後にダウンロードしようとした夫は失敗。お気をつけて!)。
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最初に向かったのは、SNSで複数人から「食ってみろ、飛ぶぞ!」と勧められていたゴーアン・カオマンガイ・プラトゥーナム……俗称、ピンクのカオマンガイ。
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