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ほんの数分



朝起きて、カーテンを開ける。
雨が降っている。

「雨か…」

口に出してはみたものの、
別に外に出る用事はない。
なんなら外に出なくてもいい理由が見つかって
少し安心しているくらいだ。


スマホから好きな音楽を流して、
窓際の椅子に座り、歯磨きをしながら部屋を見渡す。
見慣れない家具ばかり。


少し前、3年同棲していた彼氏と別れた。
共有していた家具や家電は全部置いてきた。
1つくらい何か持ってきてもよかったかなと
後悔もしたけれど。
まっさらな気持ちで再スタートしたかった。


駅から徒歩20分、バストイレ別。
必要最小限の条件で見つけてきた部屋に
適当に買い揃えたベッドとテーブルと椅子。
これからは、誰かと一緒の思い出じゃない、
自分だけの物が徐々に増えていくのだろうか。





物件選びで絶対に外せなかった条件がある。
「ペット飼育可」だ。

大学生の頃から一緒に暮らしている猫がいて、
彼と住んでいた家にももちろん連れて行っていた。
彼もこの子をすごくかわいがっていたけど、
この子は私が元々一緒にいた子だったから
当たり前のように新居にも連れて来た。



あの時も、猫可の物件を探すの、大変だったな。
同棲をスタートさせた頃のことを懐かしんでいると、
ふと、歯磨きをしている私の足元にふわふわした感覚。
猫が擦り寄ってきた。


「これからはまた二人っきりだね」
そう口にすると、勝手に涙が出た。
泣くつもりなんてなかったのになぁ。


しばらく撫でていると、猫が膝に乗ってきた。
大丈夫、ずっと一緒だよ、と言われている気がした。
どんどん涙が出てきて、頬が濡れていく。


口の中が泡でいっぱいになったのを理由に
猫を降ろして洗面所に向かった。
トコトコと、猫も私の後ろをついてくる。


ずっと私のことを好きでいてくれるのは
きっとこの子だけだ。
愛とか恋とか、結局何もわからないまま。
だけど私は、この子を愛している。
あなたが死ぬまでは、私も死なないよ。


流しっぱなしにしていた音楽が、彼の好きな曲に変わる。
こういうことを、少しずつ乗り越えていくのかな。


見慣れない部屋の中、猫と一緒にご飯を食べた。
これでいい。私は充分幸せなんだ。


明日は美味しいおやつでも買ってくるね。
晴れたらだけど。



〜fin〜

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