いつだって「私たちの未来には無限の可能性があり、数えきれないほどの人生の選択肢がある」ラストレター鑑賞記録
本作概要
あらすじ
オープニングでの引き込み具合。ようこそ、岩井俊二ワールドへ
静かな雨音。そして水辺から聞こえるせせらぎの音。
ゆったりと進んでいくこの物語をまるで表しているかのように穏やかに始まるオープニング。
そして、広瀬すずの隣でまだあどけないながらも圧倒的演技力を放つ森七菜の存在感に目を奪われる。
画面からマイナスイオンが出ているんじゃないかと感じるほどの清らかな水辺シーンでスタートする本作は何度鑑賞したか、原作を読み込んだか分からないほどに愛する作品だ。
水辺のシーンが印象的なオープニングはやがて水辺の画から私の大嫌いなお葬式の画へ。
落差が凄くて初っ端から出鼻を挫かれそうになるのが本音。
日本のお葬式文化ってなんでこんな象徴的なんだと毎度思う。
画面からお線香の匂いが漂ってきそうで思わずウッとなってしまいそうな衝動をここは耐える。耐えるのだ。
なぜならあと少し辛抱すると、私の大好きなメロディが流れ出し、タイトルバックが現れる。
この瞬間…
冒頭のやたらリアルな苦しいシーンを耐え抜いてよかったと思える壮大な自然と、美しい音色にうっとりとさせられ、開始数分でぐっとこの作品の世界に引き込まれる。
やばい。大好きな作品すぎて、この調子で書いたら大変な長さになりそう。気をつけよう…
紡がれる言葉の美しさ。「卒業生代表、遠野美咲。」
私が最も好きなシーンは冒頭にやってくる。
(というか、エンディングにもやってくる。)
姉の同窓会に出席するつもりが、姉のふりをするはめになる妹である主人公。
同窓会では学生時代、卒業するその年に卒業生代表として答辞を読む姉の肉声が会場に響き渡る。
その答辞の文章が、とてつもなく美しく、まるで自分もこんな美しい高校時代、青春時代を過ごしたかのような錯覚を、鑑賞する側の人間へ思い起こさせる。
本当は全文載せたい気持ちをぐっとこらえて、抜粋します。
答辞の中で、主人公の姉である遠野美咲は、こう綴る。
この答辞のシーンは何度繰り返して再生したかもわからないほどに、私はとにかくこの文章が大好きで、懐古主義の私にはドンピシャに刺さる文章だった。
私にとって無限の可能性を感じた高校時代のその瞬間は、間違いなく高校生の時に初めて海外に1人で滞在したあの時だ。
見る世界すべてが新鮮で、初めて長期で滞在した異国の地で、かろうじて通じた自分の拙い外国語にすら無限の可能性を覚えた、あの時の感覚は今でも鮮明に思い出せる。
新たに経験することすべて、その広がりをとにかく大きく感じられた高校時代。
自分は何者にでもなれるんじゃないかと、とにかく夢見ていた自分を振り返る。
大人になった今、きっと全く同じように新しいことを見聞きしても、あの時と同じ感覚は得られないような気がする。
けれど、本作を鑑賞すると、決してそんなことはないんじゃないか…
まだ、自分の感情が大きく動く瞬間がちゃんとあるじゃないか。
そんなメッセージを感じることができるのだ。
嫌に感情を抑えることになれた大人の私は、その感覚がどれだけ価値があり、貴重な感覚なものなのか思い知らされる。
学生時代、
「この自分の繊細な感受性はもはや個性だ…!」
「この感覚を意識して育てていきたい」
そう強く思っていた私は、人の感情を揺り動かすほどの熱意を持つ作品を世に出してきた小説家や、映画監督、芸術家たちの作品にとにかく触れるように心がけてきた。
自分が経験し得ない体験を他人のアウトプットを通して追体験し、豊かな人生を送りたい、そう思い続けてきた。
けれどいつしか、そうやって自主的に取り組んできた生き方の中で、感情的になることは悪とされる世の中に足を踏み入れると、自分の研ぎ澄ましてきたつもりの感覚が徐々に失われているような錯覚に陥ることがしばしばある。
日常に忙殺され、究極までいくと、自分の心を揺り動かしてくるような存在はシャットダウンしてしまうような状態に陥る期間も中にはあった。
自分の大好きな「鑑賞し、最大限自分の感覚を研ぎ澄ませる」という行為に向き合えなくなったときは、人生を少しお休みしよう、そう気づかされる期間であった。
自分の大好きなことからも目をそらしたくなるその警鐘が鳴りそうなときは、この作品を思い出します。
誰しもに無限の可能性があるのは、過去の瞬間にではない。
より人生を歩んで経験を積み、さらに増えているはずの選択肢を眼前に、ひるんでいる自分に激励を入れよう。
感じよう、その無限の可能性を。
どんな瞬間にだって、
「私たちの未来には無限の可能性があり、数えきれないほどの人生の選択肢がある」んだと思うから。
そう思わせてくれる、大切な作品でした。
10月に公開される岩井俊二監督の「キリエのうた」
こちらも既に原作小説は何度も読了済みなので、同監督のこれまでの作品群を改めて鑑賞しながら、その公開日を待ちわびて過ごします。
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