見出し画像

トラウマ治療を受けてみた

久しぶりの投稿になる。

昨年の11月ごろから年始にかけて、久しぶりにどっぷりと落ちてしまった。

わたしは、もともと浮き沈みの周期が定期的にあるのだが、今回地の果てまで堕落するような落ち込みを機に、トラウマ治療を受け始めた。

治療の経過をnoteにアップしていきたいと思う。トラウマ治療が気になっている方や、似たようななにかに悩んでいる誰かのヒントになるといいな、という想いを込めて。

✴︎✴︎✴︎


トラウマ治療とは

まずは、わたしの受けている治療について紹介する。

写真家でありエッセイストの植本一子さんの著書『愛は時間がかかる』のなかで描かれている、EMDRというケアを用いたトラウマ治療を受けている。


実際に植本さん自身が3ヶ月にわたり受けられたトラウマ治療のようすを読んで、あまりの生々しさに胸がキュッとしたのとともに、その治療にとても興味が沸いたのだ。なぜならば、彼女の思考回路がまるで手に取るようにわかる感覚があったから。人生で経験してる内容や育った環境は違えど、トラウマの種類が近いような気がした。

*EMDRという治療を知ったのは、一昨年のこと。本を読み終えてすぐに、植本さんと同じクリニックに予約しようとしたのだが、治療費は東京価格で当時のわたしには継続して通えるような価格帯ではなく、諦めていた。

*EMDRとは、Eye Movement Desensitization and Reprocessing(目の運動による感情鈍化と再処理)の頭字語で、患者がトラウマを思い出しながら、治療者による指示に従って目の運動を行うことで、トラウマに関する強い感情が軽減されるというもの。


突然の、先生との出会い

昨年愛知に引っ越してきてから、近所にあるカレー屋の店主と仲良くなり、ひょんなことから店主も植本さんの本を読んで興味をもち、同じトラウマ治療を受けているということを打ち明けてくれた。

すっかりトラウマ治療のことは忘れかけていたのだが、彼女の話を聞いていたら受けてみたいという気持ちが再熱した。

話を詳しく聞いてみると、彼女が受けている先生は愛知のクリニックのなかでも名が知れていて、とても親身に聞いてくれるという。
そこのクリニックだと、東京よりも治療費が抑えられるので、これならわたしも継続して受けられそうだと思った。

さらに、受けてみようと後押ししてくれたのは、“若いうちに受けた方が改善するスピードが早くなる”  という言葉だった。
店主の年齢だと改善までに7年くらいかかるけれど、わたしの年齢だと3年ほどで済むという。

わたしはよく生活のなかで、ふとしたときに過去のつらい出来事が鮮明な映像として頭によぎっては、からだが強張って息苦しくなり、生きづらさを感じていた。それはどんどんと行動が制限されていくようだった。

通い続けていくうちに、トラウマである嫌な出来事を思い出しても、そんなこともあったな、という程度に冷静になれたら、きっと日々の生活のストレスも軽減するのだろうと想像ができた。
そして、すぐに紹介してもらいわたしも同じクリニックでトラウマ治療を受け始めた。

わたしのトラウマとは

トラウマの正体は、主にわたしが20歳のときに亡くなった母との関係にまつわることである。

わたしには4つ下の弟がいて、弟が生まれてから彼への溺愛っぷりに、母と弟、わたしの3人で過ごしてるとポツンと孤独を感じることがよくあった。

それに加えて、母はサバサバした性格だった。
たとえば、ソファに座っているときにわたしの足が当たると「汚いからあっちいって!」と手で足を退かしたり、わたしの髪の毛が床に落ちていると、「気持ち悪いからちゃんと捨ててよね!」とヒヤッとこころが凍りつくような言葉をかけられて育った。

母には悪気がなかっただろうし、彼女なりの愛情をかけてくれていたのだとは思うのだが、当時は数々の冷ややかな言葉に毎回傷ついていたため、母は弟のことは好きだけど、わたしのことは憎いんだ、と思い込んでいた。

母が亡くなったあとに、わたしのことも大事に思ってくれていたのだと気づくのだが、生前は愛されていると感じることはほとんどなかった。

子どものころ、思う存分母に甘えたり触れ合えなかったため、大人になってからそのしわ寄せがきた。
20代の前半では、人にどっぷりと依存してしまって関係性を拗らせたり、誰とも付き合ってないという状況に猛烈に不安を感じて、こころから好きとは言えないような相手と付き合う、ということを何度か繰り返していた。

当時、寂しさを埋めるための数々の行動が、さらなるわたしのトラウマを形作っていったように思う。

治療を受けてみて感じること

まず、受けてみてよかったに尽きる。
現時点でまだ2回しか受けてないのだが、先生のアドバイスは的確で、堕落した生活は少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

受け続けることでお金はかかるとはいえ、安い治療費ではないからこそ、こちらも早く良くなりたいと、前向きに治療に臨むことができる。

次回から、本格的なEMDRの治療に入るのだが、2回目のカウンセリングの際に、治療に取りかかる前の準備運動のようなワークをした。

先生の誘導をもとに、わたしは目を瞑り、頭のなかで自分が心地よく安らぐ空間をイメージした。そこの空間に広がる温度や色、音や頬に当たる感触まで鮮明にイメージして、ひとつひとつの状況を感じるままに先生に伝えた。
最後に、そこの空間に名前を付けるとしたらなにがいい?と聞かれて、「透明な世界」と名付けた。

わたし自身が透明な存在で、空や草木の色がからだを通り抜けて一体化しているようなイメージだった。自分が透明になって、自然と自由にまじわっているようすは、思い浮かべるだけで気持ちが安らいだ。

イメージワークをして、浮かんだイメージを先生と共有したことで、少しずつ先生との信頼関係を築いているような気がした。

近すぎるわけでも、遠すぎるわけでもないちょうどいい距離感の人に委ねて、トラウマを打ち明けるというのは、ふだんあまり感じることのないタイプの安心感を覚えた。

わたしは、パートナーや気の置けない友人にはこころの内を1から10まで詳細に話す方ではあるし、それによる安心感ももちろんあるのだが、先生に打ち明けるというのはまた違った心地よさがあった。

次からは、治療で実際に話した内容をもう少し詳しく記録していこうと思う。

いいなと思ったら応援しよう!