『藁にもすがる獣たち』 韓国ノワールエンタテインメント
2020年・韓国
監督:キム・ヨンフン
製作:チャン・ウォンソク
原作:曽根圭介
脚本:キム・ヨンフン
撮影:キム・テソン
編集:ハン・ミヨン
音楽:カン・ネネ
出演:チョン・ドヨン、チョン・ウソン、ぺ・ソンウ、ユン・ヨジョン、チョン・マンシク、チン・ギョン
あらすじ(公式サイトより)
失踪した恋人が残した多額の借金を抱えて金融業者からの取り立てに追われるテヨン、暗い過去を清算して新たな人生を歩もうとするヨンヒ、事業に失敗してアルバイトで必死に生計を立てているジュンマン、借金のために家庭が崩壊したミラン。ある日、ジュンマンが勤め先のロッカーの中に忘れ物のバッグを発見する。その中には10億ウォンもの大金が入っていた。地獄から抜け出すために藁にもすがりたい、欲望に駆られた獣たちの運命は――。果たして最後に笑うのは誰だ!?
本作が長編一作目というキム・ヨンフン監督が、タイトルに惹かれて読んだ曽根圭介の原作小説は、当初『あわよくば』というタイトルだったという。単行本化する際に『藁にもすがる獣たち』と改題され、それが監督の目に留まり、映画化されることになったのだから、作品におけるタイトルとは実に重要なものだ。
実際、本作の登場人物たちはみな、“あわよくば”よりも強いモチベーションで大金獲得に躍起になっており、その姿はまさに“藁にもすがる獣たち”である。
10億ウォンの金はどこでどのようにして生まれ、誰を通ってどこへ行き着くのか、そしてその過程で誰が誰をどのように殺し、誰が生き残るのか… 境遇の違う、生活範囲も異なる四人の人物が、金を核にして絡み合い、すれ違う。
原作には小説ならではの仕掛けがあるため、映画化は難しいと思っていた原作者も「脚本も手がけられたキム・ヨンフン監督は、その問題を巧みな手法で解決し、原作の構成を生かしつつ、本作をすばらしい娯楽作品に仕立てあげました。お見事です。恐れ入りました」と言うほど見事な脚色で、原作よりもよく整理されている印象を受けた。人物設定やストーリーにも若干の改変があるが、むしろ納得感があり、特にラストはエンタテインメントとしての一つの正解を見せてくれたのではないだろうか。(逆にこれを好まない人もいるとは思う)
また、音楽が作品世界にマッチしていてとても良かった。
私は映画を観てから原作を読んだので、予備知識なく映画を楽しめた。観てから読んだのは、原作者言うところの“小説ならではの仕掛け”が気になったからだ。観てから読むのはなんとなく答え合わせのようになってしまうが、それもまた結構楽しかった。件の仕掛けの部分は、なるほど、そのまま映像化することは難しいシーンだ。
余談だが、それで思い出したのが、表紙が好みでジャケ買いした2020年刊行の王谷晶著『ババヤガの夜』というバイオレンスアクション小説だ。映画になったら面白そうと思える作品だが、本作と同種の映像化が難しいシーンを含んでいる。これもひょっとしたらいつか韓国映画となってお目にかかる日が来るだろうか、などと思ってみたりした。(まず、主人公170cm80kg超えで喧嘩が好物の女、新藤依子を演じられる俳優が今の日本にはいない気がする。では韓国にはいるのか、というとわからないのだが)
本作でジュンマン(ぺ・ソンウ)の母を演じたユン・ヨジョンは、リー・アイザック・チョン監督『ミナリ』(2020)で主人公の妻モニカの母を演じて第93回アカデミー賞助演女優賞を獲得した。役名は奇しくも同じスンジャだ。この名前は同年代の“ハルモニ”のイメージを呼び起こす名前なのかもしれない。
作品としては振れ幅が広いが、役どころとしてはそうでもなく、どちらも“火”がキーになっているのが面白い。単なる偶然なのかもしれないが、年をとったら火には気をつけたほうがいい。