見出し画像

海のないボローニャに

※この記事は「1番近いイタリア」2024年秋号の巻頭エッセイからの抜粋です。

軽くグラスを合わせ、共鳴する音を楽しむと、目を合わせ、ゴクリと一口飲む。運ばれてきた魚のフリットを、すぐに竹串で口に運ぶ。泡のピニョレットがドライで心地よく、絶品の海の料理たちに心を踊らせる。今夜は特別にボトルで頼んだワインが底をつくまで、時折テラスに入る秋風が、色んな思い出を運んできてくれる。今日は私たちの記念日だ。

1年前のちょうどこの日、このレストラン、このテーブルで私たちは出会った。回廊を歩いてきた彼は、テラス席でこのフリットをいかにも美味しそうに頬張る私を見て、この人だとピンと来たらしい。というのは、だいぶ後になって聞いた話で、私はそこで出会った彼とその後何か起こるとは思いもしなかった、というのはここだけの話である。とにもかくにも、ここのフリットは絶品である。何が好きかというと、衣が特殊で、全体をふわりと包む生地の中に、細かい粒が混ざっていて、これがほわっと揚げられた生地に絶妙にカリッとした感触を生み出し、噛んだ時に官能的な美味しさを生み出す。ひょんなことから、海のないボローニャで、海で生まれ育った男と、海のないことを嘆きながら、絶品の海の料理を楽しんだのだった。インスタグラムを交換して、別れた。

次の日「今週の日曜日は何する予定?」と聞かれた。私はひらめく。「コマッキオに行って鰻が食べたかったの。この日が最終日。でも、車がないと行けないの!」とすかさず送る。ボローニャから北西に海に出た町に、コマッキオという町があるのだが、ここはイタリア最長のポー川が海に注ぐ場所で、肥えに肥えた鰻が獲れる。そこで年に一度、鰻祭りをやっており、小さな漁村は鰻を焼く煙でいっぱいになる、という話を聞いていた。が、公共交通機関では行けないような便の悪い場所で、私は車を運転できないので、どうしたものかと思っていたのだ。ちゃーーんす♡すぐに返事が来て「グッド・アイデア!」と。頭の中でクラッカーが飛ぶ。ウ・ナ・ギ!。というわけで、日曜日の朝、私はお腹を空かせていそいそと待ち合わせに向かった。迎えに来てくれて、車のドアを開けながら「実は僕、鰻食べたことないんだ」と告白された。かくっ。「イカのフリット頼んじゃダメだよ!鰻祭りに行くのだから、鰻を食べるんだよ!」と言いながら車に乗った。

町に着くと、それはそれは可愛らしい町で、「小さなヴェネチア」と言われる運河が巡り、小さな石橋があらゆるところにかかり、カラフルな家々が並んでいた。まずは、運河沿いでアペリティーボを始め、おつまみとワインを楽しむ。橋の上に腰掛け、柔らかい陽のもとで、秋の風に当たる。デートじゃん!しっかりとお腹が空いた頃に、鰻会場を目指す。鼻の良い私たちは、煙を見つけ、鰻が焼かれる大きなテントの中に吸い込まれるように、足を揃えて入って行った。あまりの美味しさに嬉々としてあっという間に食べ終わると、2人で声を揃えるように「おかわりしよう」とまた列に並びに行った。

あれから1年。過ぎ去ったカレンダーを見ると、短い年月に本当に沢山のことが詰まっている。安い航空券を見つけては、毎月どこかに旅をして、地元の料理を食べ尽くしてきた。一緒に住むようになって、日常を共有する毎日が尊くて、非日常だった。ローマのトレビの泉で指輪を受け取った時、その場では興奮状態だったけど、あの夜、指輪を大事にはめたままベッドに入って、自分の指の上の輝くダイヤモンドを見た時は、人生で最も幸せな瞬間だった。もちろん、全てが晴れの日でもないので、雨の日も沢山あった。傷つき、傷つけ合い、その度にお互いを信じながら、道を歩いてきた。きっとこれからも、もっともっと大変なことがあると思う。9月頭、熊野古道で山を登りながら、頂上は、最後の一息はどんなに急でも登れるもので、それはそこまで登ってきた積み重ねがあるからなのだと思ったりもした。

注文の列から帰ってきて鰻のおかわりを待っている。去年もこんな感じで待っていたね、来年は最初から2つ頼めば良いねと話しながら。すると、隣の老夫婦が私たちに、食べきれないからとシャコのパスタを譲ってくれた。なんというプレゼント!思いがけずお腹いっぱいになり、のんびりして海辺に出ると、ちょうど夕日が沈むところだった。車を停めて、ゆっくりと日が沈むのを見送る。今日という日をありがとうと感謝の気持ちをこめながら。車を走らせる。窓から外に目をやると、沈んだ夕日を映した空が茜色に染まる。それを移す干潟の水面が茜色とブルーのグラデーションに染まる。神様からの贈り物だ。世界は美しいもので溢れていた。

記念日ウィークエンドの最後は、私たちの結婚式の証人でもある、アレッサンドロの1番の親友のお家にご招待頂き、賑やかな締めくくりとなった。奥様の手料理、特に、名物フリッタティーナが美味しくて、お腹いっぱいなはずなのに、何個も頂いた。漫画に出てきそうな、おふざけ大将でワイルドなパパと、美人で優しく穏やかなママ。顔がパパにそっくりで育ち盛りの4歳男児と、生まれたばかりの男の子。たわいもないことで大笑いする、愛に溢れた家族が素敵そのもので、また1つ家族の形を見ると、希望そのものだった。

「Back to our starting point」、私たちの原点、思い出の場所。海のないボローニャに生まれた物語は、海へ、そして海を越えて、また戻ってくる。原点に戻っても、見える景色は違う。人生は進む。地球も回る。その願いはたった1つ。

ーーー
今日は二人の一年目の記念日だから
お祝いしようよ
強く結んだ糸が解けずにいた事も
愛される事を望むばかりで
信じることを忘れないで
ゴールの見えない旅でも良い
愛する人と信じる道を
さぁ ゆっくりと歩こう
ー赤い糸より
ーーー

※雑誌「1番近いイタリア」についてはこちら。


いいなと思ったら応援しよう!