世間知らずの転職活動・フリー編 その36 【最終回】
お客様向けの試験を無事に終えることができた。いくつものトラブルを乗り越え、やっとのことで納品の目処が立ったのだ。
前回はこちら
忘年会
赤井:「いやぁ、まさか忘年会ができるとは思わなかったよね。酒がうまいよ。」
小森:「ホントですよ。あのまま赤井さんが中心になって仕様をまとめてたら、こんなうまくいかなかったですよ。」
赤井:「なに!?」
角川:「小森さん!」
試験の後、林田さん、山崎さんが、お客様へ結果を提出し最終的なオッケーをもらっていた。それが、先週の金曜日。そして週明けから3日間、最終的な納品資料をまとめ今日水曜日に納品をすませることができた。
明日が今年の最終出社日となる。
そんな中、納品のお祝い会を兼ねた忘年会をやろうということで、プロジェクトのメンバーが全員集まっていたのだった。
プロジェクトの皆が集まる飲み会は初めてだった。
歓迎会もなければ、送迎会もない。誰かわからない人がやってきて、知らないうちにいなくなる。最初は個人事業主が集まるプロジェクトなんてそんなものかな?とか思っていたけど、単にハードなプロジェクトだっただけだった。
こうやって、年内にみんなで集まって、忘年会ができるなんて夢のようなことであった。
まぁ、最初に部屋に入ったときに見た顔は、結構いなくなったけど。。。
チーム
大川:「薩田さんは、1月はまだプロジェクトにいるんだっけ?」
薩田:「うん、そうだね。1月はまだいるよ!」
私:『あ、そうなんだ。そう言えば、町田さんは?どうなるの?』
町田さん、井川さんの人員管理プロジェクトは、先週、無事に納品が終わっていた。
薩田:「うん。町田さんと井川さんは今月・・・、明日で終わりみたいだよ。」
大川:「やっぱりそうなんだね。」
薩田:「いちおう、町田さんはT社の契約だから立花さんと一緒に仕事をするんじゃないかな?」
私:『そうなんだね。残念だな。あとで、町田さんにも挨拶しなきゃな。』
大川:「まぁ、今年は大変だったけどI社チーム3人体制だから協力しながら頑張ろうぜ!」
2ヶ月半前に1人でやってきたこのプロジェクトで、来月からは3人チームで動くことになりそうだった。心強い仲間を得た気がした。
転職活動中に、前職の先輩から紹介されたきっかけで、急に個人事業主になった。だから、業務請負だと思って、文房具からなにから自分で揃えて、持ち込んでいたんだけど・・・。
みんな普通にF社やT社が用意したものを使っていて、請負ってこんなんでいいんだっけ?と読み漁った本の内容とのギャップに戸惑いながらも進んできた。
そんな中で色々教えてくれたのが大川さんだった。年齢も近いし、同じ個人事業主ということで気もあった。同じI社の契約社員だけど、いつまで一緒に働るかは分からない。ただ、今は力強い仲間なのは間違いなかった。
変わりゆく体制
林田:「お、みんな飲んでるかな?」
大川:「あ、林田さん、お疲れ様です。席にうかがえず、すいみません。」
大川さんが、不意にやってきた林田さんのコップにビールを注いだ。
林田:「いいのいいの、そんなのは。ホントみんなには助けてもらったよ。ありがとう。」
私:『いえ、たまたま、H社の汎用機を知っていただけですから。」
林田:「いやいや、その知ってるが大事なんだよな。」
林田さんの体制に代わってから、プロジェクトの立て直すことができ、今日の納品に辿り着いたのだ。林田さんはプロジェクトマネージャーとしての責任をしっかりと果たした。さすが、炎上プロジェクトの火消しPMである。
だから、いつも忙しい炎上プロジェクトにぶち込まれるのだろうけど。。。
林田:「年明けに発表する予定なんだけど。」
私:『え?』
林田:「私は1月一杯で、プロジェクト離れて、他のプロジェクトに行くことになってね。1月は行ったり来たりだと思うけど、2月以降は山崎、石山、田中の3人でプロジェクトを回すことになると思うよ。」
大川:「え?そうなんですか?」
林田:「そうなんだよね。また、忙しいプロジェクトで休む暇もないけど(笑)」
薩田:「大変ですね。やっぱり。」
想定通りというか、仕事ができるだけに、プライベートもほとんどなく、忙しいプロジェクトを任される。きっと、F社に入社したら、そんな人生を送るのだろうと思った。
山崎さんがまた、プロジェクトマネージャーということで、少し不安も残ったが仕方ない。
最終出社日
次の日、飲みすぎて少しだるかったが、今年最後の出社日のため、オフィスへ向かった。
オフィスに着いても、ほとんど人いなかった。
F社の社員はみんな自社に戻った。最終日だから納会があるとかなんとか。多くの人が、自分の会社に戻っているらしい。まぁ、最終日だから普通はそうだろう。
私:『おはよう。』
大川:「おはよう。昨日はお疲れ様。」
私:『お疲れ様。今日は人いないね。あんまり。』
大川:「そうなんだよね。みんなもうお休みモードだね。
そういえば、午後、町田さんが来るみたいだよ。」
私:『昨日、挨拶くらいしかできなかったけど・・・』
大川:「片付けに来るんだと思うよ。」
町田さんは今日でプロジェクトを離れるのだった。
午後になると、その町田さんも出社し、奥の方で荷物を片付けていた。
薩田さんが手伝っていた。
大川・私:「町田さん、お疲れ様です。昨日はありがとうございました。」
町田:「お、二人とも。昨日はお疲れだったね。
ぼくは今日が最後だから、片付けだけでね来たよ。」
私:『町田さんがいなくなると寂しいです。』
町田:「二人とも仕事できるからね。頑張ってね。」
大川・私:「はい。ありがとうございます。」
薩田さんが言うには、T社と一緒に引き上げるということ。自分自身も今日でT社を退社するから、町田さんの荷物と一緒にT社の荷物を運ぶのだと言う。薩田さんは、1月もプロジェクトには残るので、自分の荷物は置きっぱなしのようだが・・・。
プロジェクトの大変さと比例するかのように、T社の大量の荷物は、T社社長の立花さんの車の中へ運び込まれ、T社へ向かって行った。
町田さんは、いつものひょうひょうとした感じで「またね」と言って出て行った。
引き上げていく、町田さんの後ろ姿は寂しそうだった。
町田さん、T社の引き上げで、ドタバタプロジェクトにひとつの区切りがついた。
年末、寒い空気が寂しさを更に誘った。。。
次の仕事
そして少し暖かくなってきて、春を迎えようとしていた。
明日から新しい年度。
そして、私は今日がプロジェクトの最終出社日である。
あの納品から3ヶ月が経とうとしていた。
年が明けて1月に林田さんが去って行った。
赤井さん、薩田さんも同じタイミングで退場となり、いなくなった。
2月の後半に追加機能のリリースがあった。
規模も小さく、難易度も高くなかったからか、大きな問題もなく納品できた。
その2月末のタイミングで、大川さん、香川さん、村井さん、そして、小森リーダーも退場した。
3月に残ったのは、角川さんの会社の人たち・・・抜けていった人たちと交代で、少し人数が増え、ちょっとしたチームになっていた。
そして3月末。
F社の服部さん、川島さん、水原さんも別のプロジェクトへ。
そして、私も退場することとなった。
プロジェクトとしては、JCLを理解している人として残ってほしいとは言われたのだが、I社の飯田専務が、4月からの自社のプロジェクトでプロジェクトマネージャーでやってもらう!なんて言って、半分無理やり退場にこぎつけたのだった。
JCLについては、広田さんに引き継いで問題ない状況になっていたし、一緒に苦労を乗り越えた人たちもほとんどいなくなり、違うプロジェクトになったようだった。だから、新しいことをチャレンジする、そんな前向きな気持ちも自然に芽生えてきていた。
山崎さんと石山さんに、退場が決まったことを伝えに言ったら、ハンサムな石山さんが笑いながら「裏切り者」って言ってたけど(笑)石山さんはまだまだこのプロジェクトを続けていくことになるだろう。白い髪に少しずつ黒い髪が増えてきたようにも見える。
個人事業主となって初めて参画したプロジェクト。
営業には騙されるし、プロジェクトは炎上してるし、思い描いていたフリーランスの仕事とは大きく違ったけど、怒涛のような半年間であった。いろいろな人たちが集まって、一つのプロジェクトを遂行する。
プロジェクトの中心に近いところで関われたのは大きな経験となった。
そして、この後のエンジニア人生の中でも、忘れられないプロジェクトの一つになるのだった。
「ありがとう!」
そして明日からまた新しい人たちと新しい仕事を始める。
完!
> あとがき 書きます!
お待ちください。
※この物語は経験をベースにしたセミフィクションです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
スキ・コメント・フォローなど頂けると嬉しいです!
TwitterやFacebookなどのSNSでのシェアも大歓迎です!
↓こういうのも書いてます。ご興味があればどうぞご覧ください。
こちらに「世間知らずの転職活動」の全てがあります。