授乳で嫌な気持ちになる。D―MER(ディーマー)って知ってますか?
「不快性射乳反射」(D-MAR)をご存じですか。赤ちゃんにおっぱいを吸わせるたびに母親の気分が悪くなったり、イライラしたりと不快になることがある。「母親失格なのでは」と悩んでしまう人もいるという。専門家は「生理的な現象でまれなことではない。自分を責めないで」と呼び掛ける。(馬上稔子)
吸わせたくない‥つらい(東広島市40代女性)
生後5カ月の長女を育てる東広島市の40代主婦は、いつの頃からか母乳を含ませるたびに憂鬱な気分になっていた。「産後で精神的に不安定になっているのかな」と思っていたが、次第に「赤ちゃんにおっぱいをあげたいと思う一方で、吸わせたくないという気持ちも湧いてきてつらくなった」と打ち明ける。
粉ミルクだけに切り替えることも考えたが、周囲からは「母乳の方が赤ちゃんに免疫が付く」などと言われて心が揺れた。もう1週間だけ頑張ってみよう―。自分に言い聞かせながら授乳を続けたが、不快感からどうしても早めに授乳を切り上げてしまって乳腺炎を発症。今は母乳をやめ、粉ミルクで育てている。
女性は「なぜ嫌な気持ちになるのか分からず、周囲の一言一言に振り回されていた。D―MERについて知ったときは、自分だけじゃないんだとほっとしました」と話す。
医学関係者にも十分知られていない
日本母乳哺育学会理事長の水野克己・昭和大医学部教授(小児科、母乳育児支援)=広島市東区出身=は「D―MERはまだ医療関係者たちの間でも十分知られていないが、決して珍しい症状ではない」と説明する。2007年ごろから知られるようになり、19年には母親の約10%が経験するとの論文が米国で発表されたという。
ホルモンの影響?
水野教授によると原因は分からない部分もあるが、母乳を与える際に出るホルモンの影響という説が有力という。赤ちゃんがおっぱいを吸うと、母乳の分泌を促すオキシトシンに対するストレス反応が出る人がいる。また、母乳をつくる働きがあるプロラクチンが、快感や多幸感をもたらすドーパミンを抑制して抑うつ状態になる可能性も指摘する。
ただ、症状はさまざまで、授乳するとすぐに不快に感じる人や、1回の授乳中に何度も症状が出るケースもある。3カ月程度で治まる人が多いが、卒乳までずっと不快に感じ続ける人もいる。
プロラクチンの分泌を抑える投薬治療に効果があったという報告もあるが、母乳が減るなどの副作用もある。一般的には、まず生活改善などの対処法を指導しているのが現状という。また、医療機関で相談しても、産後うつや精神的な要因に結びつけられてしまうケースも多いという。
水野教授は「母性の欠落や、子どもに愛情が持てないから起きるものではない。まずは症状を正しく理解してほしい」と力を込める。
どうすればいい?
赤ちゃんは大切だし、かわいい。でもどうしても授乳時に気持ち悪くなる―。こんな時、どうしたらいいのだろう。
水野教授はまず、日常生活の見直しを呼び掛ける。睡眠不足やストレス、カフェインの取り過ぎを避け、できるだけ自分の時間を取る。赤ちゃんのいる暮らしは大変だが「運動や瞑想(めいそう)、好きな音楽を聴くなどしてリラックスすることを心掛けて」と話す。授乳時には、母親が好きなお菓子を口にしたり、腹式呼吸をして意識をそらしたりするのも有効という。
母乳にこだわらず、粉ミルクに
母乳に関する悩みは助産師も頼りにしたい。D―MERに悩む母親をケアした経験がある助産師の仏円知香さん(39)=広島市東区=は「粉ミルクは栄養面でも全く問題ない。『母乳神話』にとらわれず、母親が楽になれる授乳方法で大丈夫」と話す。症状に合わせて母乳は1日1回、あとは粉ミルクに切り替えるなどの方法も提案する。
東広島市で出張型助産院を開く助産師の柳谷典子さん(39)は「D―MERはしっかりとカウンセリングしないと本人も周囲も気付きにくい」と強調。「産後は赤ちゃん優先で母親自身のことをおろそかにしがち。出産後も、助産院など相談できる場所があることを知っておいて」と呼び掛けている。