この塩には〝透明感〟がある。
文・撮影/長尾謙一
クリスマス島の塩(素材のちから第27号より)
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塩の〝透明感〟とは何だろう。雑味のない、すっと体にしみるような味のことだろうか。塩味の強さを塩の角と表現するならば、その角すら感じない。だから、風と光がつくる塩は素材の味をダイレクトに引き出す。振り返ってみれば、この塩の生まれは青く透き通った海だ。〝透明感〟のある塩とは、海のちからがそのまま凝縮された塩なのかもしれない。
塩の攻め方には〝潜ませる塩〟、〝浮かせる塩〟があります。
エグゼクティブシェフCEO 渡辺 雄一郎 さん
この塩には透明さと太陽のパワーを感じる
この塩を初めて口にした時、〝透明感〟という言葉が思い浮かびました。たとえるなら、もの凄く丁寧に取られた、綺麗な一番出汁を口にした時に似ています。そのくらい澄んでいる。また塩づくりでは、天日干しでじっくり時間をかけているそうですね。豊富なミネラルと一緒に、太陽の光をいっぱい吸い込んで、蓄えているようなパワーも感じます。透明だけど太陽のパワーも持っている、そんな二面性がこの塩にはありますね。
こう表現するのは私だけかもしれませんが、塩の攻め方には、〝潜ませる塩〟と〝浮かせる塩〟、この2種類があると考えています。〝潜ませる塩〟は、素材の味を良くするための塩です。量はごくわずかですが、塩のちからで素材の味が底上げされるイメージです。
もう1つの〝浮かせる塩〟は、塩を提供前の最後にふることで、おいしさや食感を改めてもう一度〝浮き上がらせる〟イメージです。塩が目に見えると、お客様も味の想像が膨らみますよね。
「クリスマス島の塩」は、こうした私の塩の考え方にとてもなじみます。透明さも太陽のパワーもどちらも生かせる、コントロールのしやすさもあるんです。塩を〝潜ませる〟か〝浮かせる〟か、あるいは両方を組み合わせることで、素材に合わせた戦略を考えていければと思います。
より少ない塩でキャビアを際立たせる
最初の料理は〝両国江戸蕎麦ほそ川の蕎麦粉をソースエミュルッショネの技法で仕上げたそばがき 奥井海生堂蔵囲い2年物昆布のジュレとアキテーヌキャビア、ウォッカクリーム、おろしたてワサビのコンビネゾン〟です。当店は料理名が長いのですが、名前から料理のストーリーを感じていただき、後で読み返した時に、もう一度楽しんでいただければ、という思いを込めています。
この料理では、「クリスマス島の塩」をキャビアの下にある透明な昆布のジュレ、そのさらに下にあるそばがきに〝潜ませて〟います。ポイントは「キャビアをどうおいしく食べるか」。そばがきと昆布のジュレが、キャビアよりも少ない塩分で下から支えることで、キャビアの味をより際立たせたいという組み立てです。
そばがきは蕎麦粉と水、「クリスマス島の塩」、バターをエミュルションしてつくります。ここに昆布出汁のジュレをのせ、その上にキャビア、ワサビなどを盛り付けます。キャビアを支える下の層の塩分は、そばがきが0.5%、昆布のジュレは1%にしています。
スプーンには、サワークリームと、そこにウォッカを一滴垂らします。器とスプーンの食材すべてを一緒に食べた時、そばがきや昆布の風味、サワークリームの酸味とキャビアの旨みがつながって、ワサビの少しの辛味とウォッカが味をしめます。そばがきには日本らしさを感じていただけると思いますが、その裏にはブリニス(蕎麦粉のパンケーキ)にサワークリームとキャビアをのせて食べ、最後にウォッカで洗い流すという、フランスでのキャビアの王道の食べ方も隠れているんです。
〝浮かせる塩〟で旨み十分の魚がより引き立つ
次の料理は〝愛媛県産天然スズキ クリスマス島の塩でマリネしたトマトと共にしっとりと焼き上げ 長茄子と生姜のクーリソース シチリア産オレガノのオイルとタプナードをあしらって〟です。フランス料理らしさを出す長茄子のクーリには、「クリスマス島の塩」を味の決め手に使っています。
スズキは加熱する30分前に「クリスマス島の塩」を打って〝潜ませ〟て、トマトとフィザリス(ほおずき)にも、「クリスマス島の塩」をオリーブオイルとマリネして〝潜ませ〟ます。透明な塩が魚と野菜に入って、旨みがぐんと出るんです。
スズキを太白胡麻油でアロゼして火を60%ほど入れたら、ケーパーで酸味と香りを付け、その上にトマトとフィザリスをのせます。これをサラマンダーにかけ、トマトの旨みと水分を魚に落とします。塩のちからで引き出された魚と野菜の旨みが、ここでかけ合わさります。魚がしっとりと焼き上がったら、オレガノオイルをかけます。周りには黒オリーブのソース、ディルのソースも添えます。
提供前には、クリスタルタイプの「クリスマス島の塩」をトマトとフィザリスにふります。これは〝浮かせる塩〟です。〝潜ませる塩〟でも旨みを引き出していますが、最後の塩でトマトの味と食感がより印象的になります。「クリスマス島の塩」はこうしたアクセントづくりも上手で、旨み十分の魚がより引き立ちました。
ここぞという時に使える最強の武器
最後はデセールの〝クレームダンジュ クリスマス島の塩とグリオットのコンポート、マンチェゴチーズの蜂蜜マリネ エスプレットのハーモニーレモンのクリームとオイル、レモングラスのアイスと共に〟です。これは甘いものや、乳製品に対する塩のアプローチです。「クリスマス島の塩」、そして辛味よりもパプリカ的なニュアンスの香りが特徴の「エスプレット」という唐辛子がポイントです。
「クリスマス島の塩」は、クレームダンジュの上にエスプレットと一緒にふっています。クレームダンジュの甘みを「クリスマス島の塩」のミネラルによって増加させる狙いがありますが、ここにエスプレットがあることで、乳脂肪の香りがマジックのようにふわっと立ちます。塩の使い方としては〝浮かせる塩〟ですが、スパイスと合わさることでそれ以上の効果を生み出せました。またグリオットのコンポートにも、「クリスマス島の塩」を〝潜ませて〟甘みを引き出しています。
30年間で塩はいろいろ使ってきましたが、これほど私の考える塩の使い方、味の組み立て方と一体感が生まれるとは思いませんでした。「クリスマス島の塩」はここぞという時に使える、最強の武器になると思います。
(2017年9月30日発行「素材のちから」第27号掲載記事)