牛タンの色が塩で変わった。
文・撮影/長尾謙一
〈ツキイチの低温調理シリーズ〉
・低温調理牛タン
・低温調理鶏レバー
・牛レバーコンフィ
(素材のちから第39号より)
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牛タン、鶏レバー、牛レバーを低温調理した商品は珍しい。地域発の新しい食材が飛騨高山で生まれた。
カットした牛タンの美しさに声が上がる
タン中をカットしてしばらくすると、だんだん赤が濃くなってくる。これほどまでに発色していくのを、今までに見たことがない。
海のミネラルと浸透性のよさが美しい赤を引き出す。
綺麗な赤の発色は「クリスマス島の塩」のちからだ
皆さんに飛騨高山から届いた「ツキイチの低温調理シリーズ」をご紹介したい。
低温調理された牛タンを食べたのは初めてだったが、この綺麗な発色とレアな食感には驚いた。低温調理する真空パックには、牛タンと塩しか入れていない。料理に仕上げる時に手が加えられるように塩分濃度はかなり低く抑えてあるらしいが、旨みがあっておいしい。塩は「クリスマス島の塩」を使っているそうだ。
この塩は浸透性がいいために少ない量でじわりと素材に塩分を行き渡らせる。
以前、精肉店で「クリスマス島の塩」と普通の塩を使い、ローストビーフを焼き比べたことがあった。
あの時もカットして時間が経つにつれ断面に美しい赤みが見事に現れ、普通の塩を使って焼いたものとの差は明らかだった。伺ってみると、この「ツキイチの低温調理シリーズ」は「クリスマス島の塩」の発色効果を確かめて商品開発を決めたそうだ。「低温調理牛タン」はタン元とタン中のセット販売で、タン元は厚切りにして牛タン独特の食感を楽しむもよし、握り寿司もいいだろう。タン中はユッケや薄く切って炙って食べるとおいしい。それぞれ使い分けができてメニューも広がる。
その他にも「低温調理鶏レバー」と「牛レバーコンフィ」がラインナップされている。すでに火が通っているので、あとは炙って提供すれば香ばしくとろりとした味わいが楽しめる。
「ツキイチの低温調理シリーズ」を使って他にはどんなメニューができるのかと伺うと、飛騨高山へ食べに来ませんかと誘われた。東京からは沖縄へ行くより時間がかかるが、牛タンのおいしさに引き寄せられ飛騨高山へ向かった。
飛騨高山発の食材を全国に広め、お客様を呼びたい。
次々と新たな食材をつくり出す気質
飛騨高山は、江戸時代の古い街並みが残り雰囲気が京都に似ていることから人気の観光地だ。
飛騨高山には以前からなぜだろうと考えさせられることがある。それはこの地域の人たちが次々と新たな食材をつくり出してきたことだ。飛騨高山でとらふぐを養殖していると聞いた時には随分と驚いたが、そんなことは序の口で、サーモン、チョウザメ、スッポンまで養殖していると聞く。飛騨牛という有名なブランドがあるにもかかわらず、飛騨地鶏、飛騨旨豚、野菜は宿儺(すくな)かぼちゃ、飛騨ねぎ、飛騨トマト、飛騨ほうれん草と数え上げるとキリがない。
なぜそこまで新しい食材をつくり出すのか。赤かぶ漬け、朴葉味噌、こも豆腐などの古き伝統をないがしろにしているわけではなく、これはこの地域の人たちの気質なのかもしれない。この瞬間も地元の人たちでさえ知らない食材がこの地でつくり出されようとしているだろう。原料は地元のものではないが「ツキイチの低温調理シリーズ」の新しい挑戦もきっとその一つだ。
さて、ご協力いただいたのは〝ホテルアソシア高山リゾート〟。ここで特別に「ツキイチの低温調理シリーズ」を使って調理していただいた。
「ホテルアソシア高山リゾート」
岐阜県高山市越後町1134
1994年にオープンしたJR東海ホテルズの1号ホテルで今年で26年目。飛騨高山の自然を間近に感じる「森のリゾートホテル」。自慢の展望風呂からは北アルプスが一望できる。飛騨牛をはじめ地の食材を使った料理で心も体も癒す。
このホテルでは飛騨高山や岐阜の地産食材を使い、独自の料理を提供するよう心がけている。その狙いは、地産食材を使い飛騨高山全体を盛り上げることによって全国の人たちをここに惹きつけ、その上で宿泊先として選んでいただくという姿勢なのだそうだ。
「ツキイチの低温調理シリーズ」は、飛騨高山発の他にはない新しいおいしさをつくり出したいという想いから生まれた。そしてこれを全国に広めていきたいのだ。これには、お客様に喜んでいただける食材が一つでも増えるならばと地元のホテルも協力を惜しまない。
それでは、ご用意いただいた飛騨高山の料理をご覧いただこう。
「日本料理 華雲」
和食料理長 竹田 輝好 さん
牛タンの炙り寿司・牛タンの握り寿司
軽く炙った「低温調理牛タン」の握りにはすだち、飛騨大根のおろし、カイワレを。ポン酢のジュレを塗った「低温調理牛タン」には生姜を添えてある。赤色がとても綺麗だ。食感も計算され薄くスライスしてある。一皿で2つのおいしさが楽しめる握り寿司だ。
牛タンスライス 飛騨なめ茸飛騨法蓮草霙和え
「低温調理牛タン」は歯ごたえを楽しませるために厚めにスライスし、すだちを添える。飛騨大根のおろし、飛騨ほうれん草、飛騨なめ茸を和えたものを一緒に盛り付け、これを牛タンで巻いて食べる。食べごたえのある厚く切った牛タンがさっぱりと味わえる。
牛レバー炙り飛騨大根ステーキ
しっかりと煮込んで下味を入れた大根をフライパンで焼いてステーキソースで仕上げ、そこに炙った「牛レバーコンフィ」をのせ、飛騨大根の茎、飛騨産のパプリカ、飛騨ねぎを添えるオール飛騨の料理。崩れるようにやわらかな大根ととろりとした「牛レバーコンフィ」がたまらない。
牛レバー炙り宿儺南瓜揚げ浸し
宿儺かぼちゃを南蛮酢で揚げ浸しにし、「牛レバーコンフィ」、飛騨大根、あきしまささげという伝統野菜も添えている。揚げた宿儺かぼちゃと一緒に食べると、ピリ辛の味わいの中に、ほくほくと甘みのある宿儺かぼちゃと牛レバー独特の風味が混ざり合う。
鶏レバー朴葉味噌葱焼き
一番右の串は「低温調理鶏レバー」を刺し、朴葉味噌をつけて軽く炙ってねぎをのせてある。真ん中の串はしいたけと青唐辛子を串に刺し、しいたけの上に「低温調理鶏レバー」をのせて炙り飛騨山椒をふっている。一番左は飛騨ねぎと小芋を串に刺し、小芋の上に「低温調理鶏レバー」をのせて炙っている。炙ることで香ばしく香り立ち、食感はフォアグラ感覚だ。
鶏レバー漬物ステーキ
野沢菜とカブと白菜を飛騨荘川のさくら卵と一緒に炒め、「低温調理鶏レバー」を炙ってのせている。食べる時にはこれをかき混ぜて食べるのだろう。飛騨高山の伝統料理漬物ステーキを応用したメニューだ。酒の肴にはたまらないメニューだ。
「レストラン ロジェール」
洋食料理長 熊谷 光弘 さん
牛タンと飛騨ほうれん草 モッツァレラチーズカツレツ
「低温調理牛タン」とモッツァレラチーズを茹でたほうれん草で巻いてカツレツに。マスタードとトマトのピューレを添えている。モッツァレラチーズ、ほうれん草、トマトは飛騨産。とろっと溶けたモッツァレラに低温で熱が入った牛タンのレア感が味わえる。
牛レバー飛騨の味噌煎餅カナッペ 宿儺南瓜のミルフィーユ
井之廣の味噌煎餅という古くから飛騨にある煎餅に、低温で茹でた飛騨ねぎとサワークリーム、「牛レバーコンフィ」をのせてカナッペ仕立てに。手前には飛騨山椒のオイル、スライスして乾燥させた飛騨産宿儺かぼちゃに宿儺かぼちゃのペーストを挟んで添えている。「低温調理牛レバー」の濃厚感が味わえる。
荘川さくら玉子と鶏レバーの炙り キノコカプチーノ
飛騨産のキノコのヴルーテソース、ミルクフォームを流し、表面だけを炙った「低温調理鶏レバー」と飛騨荘川のさくら卵を温泉卵にしてのせ、飛騨ジャンボなめこ、ディル、タイム、セルフィーユを飾っている。黄身をまとった「低温調理鶏レバー」はフォアグラのようなイメージでおいしい。
飛騨全体を盛り上げようとする姿勢に、清々しさを感じた。
飛騨尽くしの料理に感謝
「ツキイチの低温調理シリーズ」を使ったメニュープレゼンテーションはいかがだっただろうか。試食させていただくとどの料理にも、生で提供できない食材を低温調理することで生のイメージを残して料理にできるという「ツキイチの低温調理シリーズ」の持つ特長がいかされていたと思う。
「低温調理牛タン」の料理は発色と食感、この2つがポイントだった。もちろん見た目をいかした盛り付けもできるし、塩を極限まで少なくしているので最後の味付けが料理人の思いのままにできる。今までの牛タン料理と差別化できる新しいコンセプトの食材だ。
カツにした牛タンは狙い通り中がレアだったし、牛タンの握り寿司は炙った香りも食感もおいしかった。霜降り和牛や馬肉、ローストビーフの握りは食べたことがあったが、まったく違った味わいは新鮮だった。
「牛レバーコンフィ」には濃厚な凝縮感があり、切るだけで他の素材と組み合わせて提供することができる。炙ることによって生まれる味わいも魅力だ。
さらに「低温調理鶏レバー」は脂の融点が低いために、とろっと口の中でとろける様子はフォアグラのイメージでインパクトがあった。特に串焼きの炙りは食欲をそそる。外は香ばしく、中はレアという対比がとてもおもしろかった。
実はこれほどたくさんの料理をご用意いただけるとは思っていなかった。竹田料理長、熊谷料理長、それからホテルアソシア高山リゾートの皆様に感謝したい。ありがとうございました。
それにしても飛騨尽くしの料理だった。飛騨全体を盛り上げようとする徹底した姿勢には、清々しさを感じた。
未来の地方料理
流れる川にかかる橋を見ながら市街地を歩いていると、東京・中目黒の目黒川に沿って続くお洒落なカフェやレストランを思い出した。目にする外食店は結構洗練されていて、しかもこの土地ならではの個性も光る。
これまでに多くのシェフたちがここに移住し店を出したと聞いた。山に囲まれ自然豊かな美しい環境の中で、この土地が生み出す自然の恵み、人がつくり出す想いのこもった食材を使って料理をつくってみたいと思ったのだろう。皆この地でつくられる食材に惚れ込んだのだ。今は彼らの気持ちが分かるような気がする。またここに来て、飛騨高山の料理を食べたいと心から思う。
未来の地方料理はきっとこうなっていくのだろう。
(2020年11月30日発行「素材のちから」第39号掲載記事)