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カメラノートスペシャルを6年近くやっていてすっかり忘れていたテーマがあった。ロシア製のカメラとレンズと言うよりもソ連製のカメラとレンズの素晴らしさである。
1958年のブリュッセルエキスポで2台だけ生産されたライカM3をしのぐ高性能レンジファインダカメラコメットに触った話。 ブリュッセルの万国博覧会のチェコスロバキアのパビリオンと言うのは今はもうないと思うけれども、モルダウ川の北側の高台の上にあってそこでプラハの古い友人Pと何回か食事に行ったことがある。
ソ連製カメラはスパイカメラの先進国であった。
2009年レニングラードの雑誌の取材で長年使ったレニングラードカメラをレニングラードに持っていった話。
日本では最終的にソ連製カメラロシア製レンズのブームはきたのであるが、それ以前のソ連製カメラに対するカメラ人種差別の状況にはひどいものがあった。
ハッセルブラッド1000エフのコピーである1連のサリュートシリーズを持ってミラノに行ったらファッション写真を撮影中のミラノのカメラマンが感動してロシアハッセルに政治的立場を変更したと言う凄い話。
2月の寒さ厳しいモスクワに蚤の市でソ連製カメラを買いに行った話。