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2 私が仕事でお世話になったリコーカンパニーのエフ森さんがまとめたリコーフレックスの歴史が参考になる。
4 1番最初のリコーフレックスはモデル3である。クラシックなロゴタイプがなかなか良かった。メイドインオキュパイドジャパンの刻印が自慢だった私。
54 1番最初のリコーフレックスはモデル3である。クラシックなロゴタイプがなかなか良かった。メイドインオキュパイドジャパンの刻印が自慢だった私。
8 リコーカメラとしては大ヒットの1,000,000台を打ったリコーフレックスである。高級なローライフレックスみたいなカメラはいらないと言うステートメントを世界に発信したわけだ。
9 リコーフレックスの輸出用バージョンは桐の箱に入れて販売されたらしい。リコーGR-コンパクトカメラの手伝いをしたときに私はリコーに桐の箱に入れて販売したらどうかと提案をした。実際に浅草のお店に桐の箱の値段を調べてみたらそんなに高いものではなかった。 リコーフレックスを桐の箱に入れて販売したと言うのをその当時の事情を知っているリコーカンパニーの歴史に詳しい人に聞いたら、これは結構初期の時代のリコーフレックスが桐の箱に入ってアメリカに輸出されたらしい。なかなか高級感があっていい
10 リコーの2眼レフを手にしたことがなくて、今回谷川俊太郎さんが昇天されたことでいきなり物欲が沸き上がった。それでどのモデルを買うか迷うことになったのである。3000台のカメラを持っているから、それで1000ページの本を作ろうと言うアイディアが大昔モノマガジンから出されてそれを出すことになった。ところが当時暮らしていたマンションの最上階で、カメラの山から取り出したものを並べてみると、せいぜい350台ぐらいしか紹介できないのである。3000台と言うのは象徴として行っているので