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「だが、手紙の内容など、どうでもいい。重要なのは、危険にもかかわらず、勇敢でねばり強く、手紙をちゃんと運んできた、約束を守った、ということなのだ。」

#岩波少年文庫70冊チャレンジ #15冊目

トンケ・ドラフト著, 西村由美訳『王への手紙(下)』(岩波少年文庫, 2005)[1962]

『王への手紙』下巻です。
ピアックという旅の仲間を得たティウリは、山を下ってついにウナーヴェン王国に入ります。
名前の読みにくさと覚えにくさが、ますます際立っていく下巻、はたしてティウリは使命を果たすことができるのでしょうか。

メディアミックスあれこれ

この『王への手紙』はさすがに様々な賞を受賞しているだけあって、舞台化もされ映像化もされているようです。
2007年にミュージカルになり(舞台化はこれが二度目なようです)、2008年にはオランダで映画化もされています。

最近の大きなプロダクションは、2020年Netflix版のドラマでしょう。
https://www.netflix.com/jp/title/80222934
こちらは英語版だそうです。わたしはNetflixには入っていないのでみられないですが、映像が綺麗でいいですね。
ティウリの外見が原作とは違うのは、コリポレの波でしょうね。
撮影にはニュージーランドが使われているようで、これもまあなんというか、LotR以降よく見る景色になってきている気がします。しかたがない。

蚊帳の外にいる主人公

下巻を読みながら強く感じたのは、ティウリは主人公でありながら、事件の渦中にはいない、ということです。

ティウリの使命は、手紙を届けることでした。
その過程で、ダングリア市の市政の問題に巻き込まれます。市長が”白い盾の騎士”の敵と通じていて、ティウリを捕らえようとするのです。
このことがきっかけとなって、市民は市長に説明と退任を迫ります。
ティウリは、政治のこととは無関係で詳細をしらないまま、長引きそうな議会のやりとりを逃れて、旅を続けることになります。

ようやく国王に手紙を届けるという大任を果たしても、ティウリは問題の確信を知る由がありません。
手紙の内容はティウリには明かされないまま、国王をはじめとした大人たちが、あわただしく事態に対応しはじめるのです。

どこか空虚な気持ちに浸っているティウリに、王の道化が声をかけます。
それが上記に引用した台詞です。

ティウリは、手紙を届けるという使命を果たし、騎士ではないながらも騎士のように立派な行動をしました。
彼はこの行動の報いとして、その手紙の内容を教えてもらい、それほど重要な事件に対してのさらなる任務を言い渡されることを、期待していたのかもしれません。
そのような期待は、応えられませんでした。
道化はティウリの隠れた期待をやんわりと指摘した上で、そもそも与えられた使命を果たしたことに満足すべきなのだと、教えます。

ダングリア市の政治にティウリが関わっていないように、ウナーヴェン王国の国政に他国の人間であるティウリが関わる理由は、これっぽちもないのです。

物語は結局、誓いを果たすこと、それを至上の命題としてあつかっています。
それ以上のことは、騎士ですらないティウリの責任ではないのです。

ティウリはそのことを受け入れて満足し、そして帰路につきます。
帰った先、自分の国で、ティウリは破ってしまった誓いの後始末をしなければならないのです。


この物語を読みながら、特に下巻を読みながら感じていたのは、「『指輪物語』のメリーとピピンの物語だよなあ」ということです。
ほら、わたしの騎士道物語事始めは、どうしたって『指輪物語』ですから……

指輪を運ぶ、という大任を負ったフロドとは違って、メリーとピピンは「友だちを助ける」という理由で旅に出ます。かれらは、指輪の恐ろしさを知識としては知っていても、体験としては知りません。
かれらは指輪(とフロド)をリヴェンデルまで送り届けて、そこで休息を見出します。
偉い人たちは、そしてフロドは、指輪について難しい話をずっとしていますが、メリーとピピンには関係のないことです。
結局、かれらは更なる冒険に出ることになりますが、ずっと事件の渦中にいるフロドとは違って、物語の中心にいながら、事件の周辺を漂い続けます。

ウナーヴェン王国にたどり着いて、ミリアンの元に身を寄せて憩うティウリとピアックの姿は、最後の憩い館にたどり着いて、それでも指輪の行方が気になってしまうフロドのようにも、美しいものに囲まれてふわふわと非現実間のなかにいるメリーとピピンのようにも見えます。

やがてティウリは帰路につき、そして自分が後ろに置いてきた問題に向き合います。
旅の途中で得たものを一つ一つ失っていく姿は、フロドのようにもサムのようにも見えますが、帰った先で新たな使命を得て、心意気高く前を見据える姿は、やっぱりメリーとピピンのようだと思うのです。


それにしても、『指輪物語』は長編なだけあって、いろんな物語の要素てんこ盛りですね。
さすがです。
ティウリの物語を読んでいたのにメリーとピピンに着地してしまったあたり、三つ子の魂百までなので仕方がないとしか言いようがありません。

それに付随して思ったのは、『指輪物語』はイギリスの、『王への手紙』はオランダのものですが、「騎士道物語」としての要素はおもしろいくらい共通している、ということです。
推測ですが、かつてヨーロッパ中で流行ったアーサー王伝説と、無関係ではないのでしょう。
ヨーロッパ各地の騎士道物語読み比べ、というのも、おもしろいかもしれません。

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