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ちょっと出会い系に登録してみようかな

とはさすがに思わなかったけど、それくらい勢いのある本だった。
いや、少しは思ったかも?
秒で却下したけど。性格的に。

『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年のこと』

読書案内系の本は星の数ほどあれど、流石にタイトルがタイトルなので、発行当時、書店で異彩を放っていた気がする。
出版は2018年、タイトルになろう系ラノベみを感じる直球さだ。
2020年に文庫化していたようで、しかもWOWWOWでオリジナルドラマ化したらしい。
やっぱり、この勢いにのせらせる人が相当いたのだろう。


あなたは、人に本をすすめたことがあるだろうか。
経験者にはわかるだろうけれど、人に本をすすめるのはとてつもなく難しい。

趣味が似ている、あるいは読書傾向を把握している友人であれば、
「あれ読んだ? たぶん好きだと思うんだよね」
とか、
「この本ぜっっっっったい読んで!」
とかいうのは簡単だ。
相手もこちらのすすめる本の性質を大体把握しているので、すぐにとは言わなくてもきっかけがあれば読んでくれるし、気に入ってくれる。

難しいのは、
「普段本読まないんだけど、なんか読んだ方がいいかな〜と思って」
とか、初対面で
「えー、本好きなんですねー。おすすめありますかー?」
とかいう社交辞令的なやつだ。
社交辞令なんだから、相手も本気で本を読もうと思っていることは少ない。
でも本好きとしては、読ませたいじゃないか。
がんばって相手の好きなものやこれまでの読書傾向を探って、自分の読書リストから引っ張ってくるけれど、多分成功率は3割以下だろう。

だって、長編が好きなわたしvsこれまで本を読まずに生きてきた人の、文字や物語に対する趣味嗜好がかぶることって、まずないんだもの。

人におすすめの本を聞いたことがある人は、「他人がおすすめする本は大抵自分には刺さらない」ということもまた、よく知っているだろう。
すすめる側の問題と同じで、よほど趣味嗜好の合う人か、人として好きな人からのおすすめでなければ、他薦の本を気にいることはない。


本とは、読書傾向とは、その人の性格や経験、哲学、隠れた欲望。
そういったものがない混ぜになった、あまりにも深くておいそれと手を触れることのできない、私的で混沌とした、何かだ。


さて、そんな大変なことを、出会い系で70人斬りをした著者の花田菜々子さんは、仕事のマンネリと離婚の危機を抱えた、30代の女性だった。
わたしからみれば、圧倒的コミュ強で個性的な彼女も、本人にとってはなんの取り柄もない楽しみもない、ダメな人間らしい。
人生の危機に瀕した菜々子さんは、それでも「ネガティブなセルフイメージに囚われたら負け」と、何か新しいことをはじめようとする。
そしてそれが、仕事や趣味ベースの出会い系サイトとの出会いだった。

IT系やフリーランス、自営業が目立つサイトの中で、書店員をしていた菜々子さんは、自分ができることとして、「会った人におすすめの本を紹介する」という活動を始める。
初めのうちは変な人にあたったりしつつも、次第に興味深い人たちとの繋がりが生まれてくる。
起業家を目指す大学生、ノマドワーカー、生活保護の介護学生、サイトを通して人と出会うのが好きで仕方がない人たち。

そこで菜々子さんが見出したのは、一癖も二癖もあって、人との出会いを大切にしようとしている、楽しくて刺激的なコミュニティーだった。

新しくて明るい世界が開かれて行く一方で、日常生活はままならない。
大好きだった仕事は、どんどん苦しくなっていく。
関係の破綻した夫とは、なかなか離婚に踏み切れない。

そして、本をすすめまくる生活が1年が過ぎて出会い系サイトを辞めたときに、菜々子さんが立っている景色は、1年前とはまったく異なっていた。


本を人にすすめる、というのは、相手の人生に触れることだ。
菜々子さんは、70人に会って本をすすめまくるうちに、短い会話の中で相手の懐に飛び込むことや、相手に似合う本を選ぶコツを身につけていった。
相手の心のうち、本当に求めているものを感じ取れなければ、ぴったりの本を見つけ出すことができない。

本を人にすすめるのが難しいのは、だからなのだ。
相手の人生をどれだけ垣間見ることができるのか。
「あのドレス、あなたに絶対似合うね!」
というように、
「あの本、あなたに絶対似合うよ!」
と言えるかどうか。


そんな風に言えるようになりたいなと思わせてくれる、勢いのある本だった。

だからって、勢いで出会い系サイトには登録できないな、自分は。

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