家族のギャンブル依存症からの自分の心が立ち直るまで(忘備録シリーズ④)
今日も引き続きのお話になります。
(でも今回で最後です(^-^))
自分にとってショッキングな出来事が続いていたわけですが、どのようにして心の態勢を整える事ができたのか。今一度、振り返ってみようと思います。思い返せば、心理学、心理療法、スピリチュアル、脳科学、、、色んな知識が自分の頭の中で手を取り合って私を助けてくれたんだなと思います。
人の悩みは本当にそれぞれですが、考え方、捉え方で自分の心と体の状態はかわるんだなと痛感しました。
今回もゆったりした気持ちでお付き合いいただけたら嬉しいです。
それではよろしくお願いいたします。
(今回から口調はいつもの感じに戻したいと思います(^-^))
自分のすべてを受け入れる
本当に心の中が大変な約2ヶ月間でしたが、今は何とか心を落ち着けて日々を生活しております。
振り返ってみて思うのは、心の中の全ての感情を受け入れようとしたことが本当に良かったんだなと思いました。
悲しい感情や辛い感情、自分にとってあまり嬉しくない感情は、自分にとってとても疲れる感情です。できれば早く前を向きたい、元気になりたい、と思いますよね。
実際頭の中では前向きなことを考えていても、心が追いついていないということがあります。その時にやってはいけないのは「自分を責めること」です。
「またネガティブなことを考えてしまった」
「マイナスなことを考えてはいけない!」
と思えば思うほど、そこの負のループからは抜け出せなくなります。
頭では考えないでおこうと思っていても、心の部分が解決していないので、結局またその考えが戻ってきてしまいます。
なんなら、考えないでおこうと思えば思うほど、考えちゃうものなんですよね。
潜在意識の話になりますが、脳は「○○を考えないでおこう」と思っていても、一番最初に頭に浮かべた○○を先にイメージしてしまいます。その後の「考えないでおこう」という言葉は否定形の言葉ですが、脳は否定形を理解することができません。
いいことだろうが悪いことだろうが、イメージしたものをそのまま実現しようとします。「○○のことは考えないでおこう」と思っていても、何度も何度もそのイメージをしてしまうことになるので、余計に頭から離れなくなるんですよね。
だから大切なのはそう言った自分にとってマイナスだと感じる感情を、消し去ろうとするのではなく、存在をそのまま認めてあげることです。
「今私はこういったことを考えてるんだな」
とありのままの感情を受け入れて、認めて、さらにはそんなことを考えてる自分を認めて、丸ごと許してあげます。
私も辛い感情がこみ上げてきてどうしようもなかった時、「私は今辛いんだな。そうだよね悲しいよね」と自分自身の感情をそのまま受け入れて認めて、さらにはそう考えている自分を許しました。
そして何度も何度もそういったことを繰り返していきます。そうすると、感情を否定しているわけではないので、少しずつ少しずつその気持ちが落ち着いてくるんですよね。
もちろんすぐにそうなるわけではありませんが、自分のマイナス感情を認めてあげると、認めていない時よりも確実に早く心が落ち着くと思います。
ポジティブなことを考えて、前向きに行動することはとっても大切なことなのですが、一番最初にしなければいけないことは自分のそのままを受け入れてあげて認めてあげることです。
自分がどんな状態になっても、そんな自分をジャッジすることなく認めてあげる。
無条件に自分を愛してあげるんですよね。
そういったことを繰り返していくと、自然とまた前を向ける瞬間がやってくるんです。
まずは受け入れ切ることから。本当にそう思いました。
そしてこの時期に読んでいた本で、出てきた感情、そのままの感情の存在を認めてあげる、ネガティブな感情の居場所を作ってあげる、悪いものとして追い出そうとしない、
そういった考え方を学べたことも良かったなと思いました(^-^)
どん底まで落ち込んでいた時は、知識は何も役に立たないと思いましたが、
(というか何も役に立たないというよりは自分でうまく使いこなせないといった感じでした(^^;))
やはり知識は助けてくれます。
知識として自分の中にストックしてあるものは、タイミングが合えばその引き出しから考え方を取り出してきて、自分に当てはめることができます。
いろんな知恵や知識を与えてくれた著者の方々に本当に感謝だなと思います(^-^)
(ラス・ハリス先生の心理療法ACTの考え方はにはとても助けられました)
課題を分ける、課題の分離、自分で背負い込みすぎないこと
いろんな問題が起きてはいますが、ここでも助かった考え方があります。
それはアドラー先生の「課題の分離」という考え方です。
自分の心が混乱している時は、すぐにはその考え方ができませんでしたが、自分のことを受け入れて、少し落ち着いてくると、今まで学んできたその考えが私を助けてくれました。
父の問題、弟の問題、そして母との関係性。いろんな課題がありますが、どれが自分の課題かしっかりと考え直すことがとても大切だったなと痛感しました。心がどん底にいる時は、そういった課題の分離のことも忘れて、全てのことを自分が引き受けてしまうというか、背負い込んでしまっていた状態だったんですよね。
「私が何とかしなきゃ」「私が頑張らなきゃ」
と無意識の自分がそう言っていたんだと思います。
だけど。
父も弟も母も、それぞれの課題というのがあって、それは、それぞれが乗り越えなければならない課題なんですよね。良かれと思ってやったことが本人のためにならないということはありますよね。
ギャンブル依存症だってそうだと思います。
借金ができたから、代わりにお金を出してあげる、、、なんてことをしてしまうと、本人が反省し、自分自身と向き合うチャンスを奪ってしまうことになります。そうなるとまた同じことの繰り返しです。
借金問題は、よく「本人がどん底を見ないと立ち直れない」と言われているのはそういうことなんだろうなと思います。
「かわいそうだから、大変そうだから、と思って助けてしまうことにより、本人の生きる力を育てるチャンスを奪ってしまう」
ここには一見、親切そうな自分がいるように見えますが、実はそうじゃなかったりするんですよね(;゚Д゚)
いろんなパターンがあるので一概にそうだとは言えませんが、「自分が怖いから」「自分が傷つきたくないから」「自分が悲しみたくないから」といった「自分が困りたくない」といった感情が隠れていたりもします。
「真の優しさとは?」という話になってくるんですよね、、、(^^;)
相手を助けたいと思っている感情の奥の部分を掘り下げてみて、自分の中の「不安や心配」が出てきたのであれば、その時は自分と向き合うチャンスです。
今回私も、ありました。
そういった感情が。
父が倒れて、借金が発覚して、弟の問題も発覚して、そんなたくさんの問題が一気に襲ってきた母のメンタルのことを心配しているようで、心配しているのは私自身だったんですよね(;゚Д゚)
(過去のブログに書いてあります(^^;))
母のことを信じきれていなかったからこそ、不安で心配でたまらなかったわけです。普通に心配するレベルを超えて、私は過剰に心配していました。母のことを心配していたことは本当の気持ちですが、この「過剰に心配する」というところがよくなかったんだなと思います。
そこから私自身また自分と向き合って、自分の課題は何なのか?というところを掘り下げていきました。
人から嘘をつかれて、何度も何度も裏切られた経験のある人は、どこかで人を信じることが怖い気持ちってあると思います。私がそうだったのでとてもよくわかります。
だけど自分と向き合って、父のことも、母のことも、弟のことも、「信じよう」と思いました。
この時、私は、「傷ついて落ち込む自分から卒業しよう」と決めました。
決めてしまえば後は自分がどんな自分でいたいのか。決めた自分の生き方に沿って行動していくのみです。相手が裏切ろうが裏切らまいが、そんなことは関係なくて、自分が信じたいから信じる、自分にできることをする。そう心に決意しました。
ギャンブル依存症に関してはもちろん、サポートが必要な部分もあるかと思います。だけど、その時も色々と考えて、踏み込み過ぎないことが大切だなと思っています。
あくまで課題を乗り越えていくのは本人です。どれが相手の課題で、どれが自分の課題なのか。共同の課題にするならばどんなことができるのか?
常にそこを考えながら、父や弟と関わっていこうと思っています(さらには母とも)。
本人が自分と向き合う時間は本当に大切です。その時に本人が自分と向き合いやすくなれるような手助けはできるかなと思います(コーチング的な関わり方もその中の一つですよね、もちろん相手が望んでなければ余計なお節介となるわけですが…)。
それが今のところ自分のできることだと思っていますので、自分のできることを淡々と探してやっていこうと思います。
(自分が学び、その得た知識で関わり方を試行錯誤していくことはできますよね!)
そして私ができることはやったとして、相手がそれを受け入れるかどうか、やるかやらないかは相手の課題です。
相手を変えることはできませんからね。
でも相手が変わろうが変わらまいが、私は私にできることをやっていこうと改めて思いました。
冷静にそういったことを考えることができたのは、アドラー心理学を学んでいたおかげです。ここでもその知識が本当に私を助けてくれました。
スピリチュアル…何を信じるか自分次第、何を信じてもいいんだ
私を助けてくれた考え方がもう一つあります。それはこの時期にたまたま目にした YouTube 動画からでした。
そこでは世間的にはスピリチュアルと言われるような考え方を発信されていたのですが、私はその考え方にとても心が救われました。
父が倒れてから、実はずっと近所の神社へお参りに行ってるんです。
「少しでも良い方向に物事が進んでいきますように…」と祈ろうと思い、近所に神社があったのでお参りするようになりました。
この時、知り合いの人から「あまりスピリチュアルに傾かないようにね」と忠告を受けました。この方は純粋に私のことを心配してそう言ってくれたんだと思います。
でもそんな心配されるようなことはないのにな…と自分では思っていまして、私はただただ純粋に「祈りたかった」だけなんです。そうすることで自分の心がとても落ち着いたんです。
以前読んだことのある本「夜と霧」(ヴィクトール・フランクル著)でも自分の信念、目標、意味を見出す事の大切さ、、、周りの状況はどうであれ「自分が何を信じるのか、信じたいのか」という気持ちがどれほどの生きる力を与えるのかという事を深く学びました。
私の抱えていた悩みは、本に書かれていた内容と比べたら(比べるものではありませんが)、本当にちっぽけだなと思えてきます。でも、やはり「信じるものがある人」は強いんです。それは、アドラー心理学の未来志向という考えとも似ているなと思います。
悩んでいる時に、そればっかりを見ていたら意識は過去に向いています。過去や原因に向いているんですよね。でも、信じている時は気持ちが前に(未来)に向いています。未来を見ていると「そこに向かうにはどうしたらいいのかな?」「私にできる事はなにかな?」と考えることができます。そして、行動することができ、行動が今までと変わると現実は少しづつ変わっていきます。
その変化してきた現実に修正が必要であれば、また行動を変えて試行錯誤していけばいいんですよね(^-^)
「行動は大切」ということは分かっていますが、そこに自然と向かうまでにはやはり心をしっかりと受け止めてあげることが大切です。ここで無理やり「行動が大切だ!」と言って無理にポジティブに行動を起こしたりすると、そこでまた何かうまくいかなかった時の心のリカバリーがとっても時間がかかります。
でも心が安定している状態で、いろんな試行錯誤をすると、出た結果がどんな結果であれ、
その捉え方が変わっているので、その後の軌道修正がとても良い方向に回りやすいんですよね。
先に行動を起こしてうまくいく人もいると思いますが、心がとても大事な人もいます。それは人それぞれなので、本当に自分で自分を理解してあげることが大切ですよね。
ちょっと話がそれましたが、私は自分の中で「信じるもの」ができたことで、心の状態がとても安定し、物事の捉え方がとても良い方向に考えれるようになりました。
状況は同じでも、捉え方が変わると、本当に日々が変わってきます。自分でも不思議だなと思いますが、本当に変わりました。
心が安定していると、次に同じようなショッキングな事が起きても、前の私のような動揺をしなくなったと言いますか、その出来事に対して少しは悲しい気持ちとかがわき起こりつつも「そうか、、、悲しいな。でも、、、大丈夫!」と捉えられるようになったんですよね。
それは、そこから逃げているわけではなくて、考えなくなったとかではなくて、冷静にその物事に対して「自分ができることは何か?」と、事実と感情を分けながら考えるようになれたんだと思います。
ものの捉え方次第で変わる。
見えている世界がまた変わる。
かけるメガネを変えるだけで、本当に変わるんです。
今回の出来事を通じて学んだことは、心を整えるためにも「信じること」「信じるものがあること」はとても重要です。心が整えば自然と人間は前を向いていきます。
20代の頃に自己啓発を学んだ時、ピンチはチャンスという考えを学びました。この時、本当にピンチなことが起こった時に「ピンチはチャンス」と自分に言い聞かせても、なかなかうまく気持ちのコントロールができない時がありました。
これは、頭では理解できていても、心から理解できていなかったんだと思います。まさに無理やりポジティブの状態だったんですよね。
でも、今は、何かショックなことが起きたとしても「これは何のチャンスになるだろう?」と自然に考える自分がいました。それはやはり、いろんな学びや知識が私の心の土壌となり、心からその意味を理解していたことで自然とそう思えたんだと思います。
過去の自分の経験があるので、自分でも不思議でした。
まあ私も人間なので、今の私は無敵!というわけではありません(笑)
もちろんまた何かあった時に、いろんな感情にはなると思います。だけどその時は、まずは心を受け止めることから始めていこうと思います。
沢山の感謝
今、私の身におこっていることが、私にとっての解決した状態に至るまではまだ時間がかかります。
なのでこの先もまだまだいろんなことが起こると思います。でも、またその時は、今回の学びを思い出して、ゆっくり進んでいけたらいいなと思います。
いろんな考え方、知識に触れることができて、本当にすべてのことに感謝だなと思います(^-^)日々生活しているといろんな情報に触れることがありますが、そこで自分の心が勇気づけられるきっかけがあったり、貴重な学びを得ることもあります。
偶然的なその出会いにも感謝ですし、自分自身、今までたくさんいろんな方から頂いてきた分、そういった勇気や希望をすこしでもお返しできたらいいなと思います。
私は「人はこの世を楽しむために生まれてきた」と思っています。
喜怒哀楽、様々な感情をしっかりと感じきって、そして感じきることこそが人生なんだと、全てを受け入れて楽しんでいきたいなと思います(^-^)
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
4回に渡り忘備録シリーズを書いてきましたが、これもまた自分にとっては、「手放し」の1つでもあります。
先ほど文章の中でも「傷ついて落ち込む自分から卒業する」ということを書きましたが、
たくさんの過去がある中で、過去のことを考えて、今現在の自分の状態の理由付けに使っていると、それはずっと自分が過去にとらわれている状態になってしまいます。
それらの過去のトラウマはもう手放し、今は「自分のなりたい姿」に意識を向けています。
そして過去があったから今の私がいると思えています。
人の心に対してこんなに敏感なのも、興味を持てたのも、
そして、人の可能性についてこんなにワクワクできるのも、過去の経験のおかげだと思っています。
お父さんの本当の気持ちが知りたい。本当はどう思っているの?私は心を開いているのに、どうすれば本当の気持ちを話してくれるの?どうすれば、お父さんの心の重荷を下ろせる?お父さんの心の中には何が隠れているの?どうすれば前を向いてワクワクできる?
一緒に人生を楽しみたい。一緒に、生きるって楽しいね!人生って素晴らしいね!って笑いあいたい。勇気と希望を持ってあたたかい空気のなか一緒に笑っていたい。大丈夫だよ。安心して。信じていいんだよ。大丈夫だから。
小さいころからの父に対する気持ちが、心の奥の奥にあった気持ちが、今の私の興味、使命、生きがいにつながっているんだなと思います。
「人の心に深く寄り添いたい」
それが私の学びの原動力になっているんです。
今の自分が私は大好きです。やっと大好きと思えるようになりました。
そして父のことも大好きです。
私は今の夫と結婚して、自分の中の「本当はこうなりたかった」という家族関係を築き、互いに信頼し合いながら繰り返しの毎日の中の小さな幸せを感じ、本当に心から幸せだなと思っています。
自分の父とは特に、そういった関係を築くことができませんでした。当たり障りのないコミュニケーションはできていても、表面的な関係性だったんだと思います。でも、今からでも遅くないと思っています。人はいつからでも変わることができます。
今までできなかった心の会話、心のつながり、信頼し合っている関係を今からでも父、弟と築いていきたいと思っています。そのために今回の色々も起こっているんだなと思います。私から信じて、愛情をもって、私にできる与える事を沢山していこうと思います。
(アドラー先生の大好きな言葉「誰かが始めなければならない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」が頭の中を巡っています(笑))
傷つく自分は卒業したんですからね(^-^)
自分がどう生きたいのか、どんな自分でいたいのか、どんな関係を築きたいのか、
そこを大切に、また今日も楽しんで、生きていこうと思います!
本当に色んな人生がありますね(^-^)
あなたの人生も、私の人生も、尊くてかけがえのない人生です!
本当に今日もお疲れ様でした(^-^)
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。
次回からはまたしばらくは通常運転で書いていこうと思います。
あなたの『今日』という日が最幸な1日になりますように!(^O^)
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