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ナイトフィッシング イズ

今年も暑くなってきたのでTシャツを出した。Tシャツを着るたびに思い出す変なお話。これは400字じゃ無理です。

今から20年前、2000年の夏に、僕は酷い失恋をして大学院生としての研究も、人間としての生活も破綻していた。

1ヶ月位食うや食わずの生活が続いて、やっと部屋の隅に溜まった綿埃を指で摘んでゴミ箱に捨てる、という行為ができるようになった頃、研究室の後輩である西島君と千夏ちゃんが、僕の部屋にやってきた。

「みきしろさん、釣りに行きましょう。こんな日当たりも悪いジメジメした狸のため糞みたいな場所にいては、こめかみにカビが生えます。もっと広い場所に行って、鬱屈を蒸発させましょう。」

西島君は僕を黄色いフォレスターに乗せて、琵琶湖へと出発した。

比叡山に夕日が沈んで薄暗がりが広がっていく中、西島君と千夏ちゃんは僕をフォレスターから担ぎ出すと、金網の隙間を抜け、湖畔にある廃屋の並んだ埠頭に連れて行った。

見上げると赤錆びた観覧車が暗闇の中に浮かんでいた。

石段を上がって湖面に突き出た突堤に僕を連れて行くと、2人は振り出し竿を僕に押し付け、
「釣り、やったことありますよね。ワームと針を死ぬほど渡しておくんで、根がかりしたらハサミで切ってつけ直してください。ここは穴場なんで、ぴょこぴょこやってればいつかは何かがかかります。夜風にあたったほうが、畳の上で腐ってるよりよっぽど健全です。じゃそういうことで。僕らはあっちで釣ってますから。あとで差し入れ持ってきますけど、何かあったらケータイで呼んでください。」
と言い残して砂浜の方へ消えていった。

僕以外に誰もいなくなった突堤の上には、見渡す限り何もなかった。遠くには水彩絵の具で擦ったような琵琶湖の対岸が見え、街の光が山の端を赤紫色に滲ませていた。

釣りなどは中学生ぶりで特段興味も沸かなかったが、とはいえ帰ろうと思い立ったところで歩いて帰れる距離でもなく、2人の釣りが終わるまでは僕も付き合わざるを得ない。仕方なく月明かりで仕掛けをつけ、真っ黒な水面に投げ入れた。

風は凪いでいて水面には波も見えない。僕が投げ込んだ仕掛けの波紋が、永遠に広がっていくだけだ。それはぼんやりと実体がないくせにやけにしつこい、僕の失われてしまった恋愛に対しての後悔や憤りやもしもの話みたいに、いつまでもグスグスと伸びて際限がなかった。

投げる ポチャン 巻く 巻く 巻く 巻く
投げる ポチャン 巻く 巻く 巻く 巻く
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何も考えられない状況で、ただただ腕を振ってはリールを巻く、いつの間にか月が傾き、風が頬をなでていた。釣りをしながら眠っていたのかもしれない。どこか遠くで、元恋人の夢を見たようにも思う。僕はそれを振り切るように、また竿を振り続けた。

突然、何かが僕の竿を叩いた。叩いたように感じた感覚は、振動に変わって僕の手元に伝わってきた。

びびびっ、ぶるるるる

魚がかかった。という事よりも、僕のそばに、見えない水面の向こうに意思を持つなにかが存在していた、という事実に激しい戸惑いを覚えた。
不安と焦燥の中で、僕がなんの希望もなく、それでも水面に投げ続けた何かに、水中の生命体が反応した。ノックノック。ブルブルと震える竿は、僕に救いを与える命の鼓動だった。

針の先には手のひらと同じ大きさのブルーギルがかかっていた。
僕はそれをそっと針から外して、まじまじと夜空にかざした。ブルーギルは身をよじって、自分の世界へ帰ろうとしていた。僕の存在とブルーギルの存在が、何の必然性もなく、こんなにも簡単に出会ってしまった。
僕は力いっぱい振りかぶって、ブルーギルを湖へ投げ返すと、釣り道具をしまって突堤に寝っ転がった。

しばらくウトウトしてふと横を見ると、コンビニのおにぎりとお茶が置いてあった。おにぎりを食べてタバコに火をつける。そういえばここ数日、食パンしか口にしていなかった。しっかり味のついたものを食べるのは久しぶりだった。

タバコの煙越しに、向こうの空がうっすらと明るくなってきていた。色の付き始めた砂浜を西島君と千夏ちゃんがこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。2人の影をぼんやりと見ながら、僕はなにかしら忘れていたものを思い出した気がして、大きく伸びをした。上を見上げると、まだ白くなりきらない、藍色の夜空が、深く広がっていた。僕の手は、ほんのりと魚の匂いがした。

ナイトフィッシング イズ グッド
ナイトフィッシング イズ グッド!


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