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ランドセルの妖精(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「ら」から始まる言葉がたくさん入っています。

ここ数日、6歳下の妹がはしゃいでいる。
いや、はしゃぎ過ぎている。
理由は明白。ランドセルが届いたからである。

来年小学校に入学する妹のララはピンクが大好きで、当然ランドセルもピンク。きれいなラッピングがしてあったが、包装紙を乱暴に剥ぎ取って投げ捨てると、ランドセルを抱きしめて頬ずりした。
激し過ぎる。

お母さんから「おじいちゃんとおばあちゃんにお礼を言いなさい」と言われてやっとランドセルから離れたと思ったら、LINEで「ありがとう!」のスタンプを送信して、またすぐにランドセルを抱きしめた。
ラララララと歌い始めたかと思うと、「ランドセル、ラーブ!!」と叫んだ。
自由過ぎる。

届いた日から毎日毎日ランドセルを背負って、スキップしながら家の中を飛び回る。目をらんらんと輝かせての乱舞は少し怖いのだが、お母さんがライブ配信を使っておじいちゃんとおばあちゃんに見せると「可愛い可愛い」と大喜びで向こう側でも踊り出したそうだ。
ラテン系過ぎるだろ、うちの家族。

はしゃぎ過ぎてはいるが、ランドセルが大切なのは本当らしく、狭い部屋のどこにもぶつけず傷はまだ付けていない。
散りばめられたクリスタルガラスがキラキラするのが綺麗だと言って、ライトを当てて乱反射させたりしているが、近づけすぎず丁寧には扱っている。


「すごい喜びようだな」と頭の中で声がした。「ランドセル愛が強過ぎる。さすが蘭子の妹だけある」と笑いながら言うこの声の主はランドセルの妖精だ。

小学6年生になって、急に話しかけられたときはすごく驚いた。私にしか聞こえない声は「ランドセルの妖精」と名乗った。
小学6年生になるまでランドセルをとてもとても大切にした子のところに現れるのだそうだ。

6年前、ライトブルーのランドセルを欲しがった私にお母さんは「汚れやすい色だわね」と難色を示した。「絶対に絶対に大切にするから!」とお願いしてやっと買ってもらった。私は学校から帰ったときだけでなく、休みの日も暇さえあればランドセルを磨いた。外側だけでなく内側もホコリやクズが残らないようにしょっちゅう掃除していた。
ふたを開けるとライオンやラクダやラグーがプリントされた裏地が見える。ラベンダー色の生地に白い線で描かれた動物たちの楽園は大人っぽくてオシャレだ。
ランドセルに落書きする同級生もいたが、どうしてそんなことができるのか信じられない!!

大切に扱っていた自信はある。もともと楽天的な私はランドセルの妖精をすんなり受け入れた。
ランプの精のように何かをこすると出てくるわけではなく、頭の中で話しかければいいらしい。

「俺のことはライディーンと呼んでくれ」と言う。YMOのファンなんだと言われても何のことだかちっともわからない。おかあさんに聞いてみたら、おばあちゃんが若いころに流行った音楽グループでライブに行ったことがあるとか何とか。ライディーンというのは曲名らしい。漢字だと雷電って書くんだって。

妖精にもランクがあるらしく「俺のようにライセンス持ちの妖精が来るなんて、蘭子はラッキーなんだぞ」としょっちゅう言ってくる妖精。
ちょっと恩着せがましい。

ライディーンは突然いろいろなところに乱入してくる。
体育のランニングでは「ラストスパート!」なんて応援してくれて心強かったけれど、
落語家さんを呼んだ芸術鑑賞会では落語を聞いて大笑い。頭の中がグワングワンした。
遠足で楽焼体験したときは「蘭子の作品が一番すばらしい! 楽勝で優勝!」と大喜び。親バカならぬ妖精バカですか? そもそもコンテストじゃないし。

そう。ライディーンは声がするだけで姿は見えない。最初は声が聞こえるたびにキョロキョロしてしまったけれど、今はもう慣れた。
「ラジオに話しかけてるようなものかなぁ」と私が言うと、「俺と話しているときは蘭子の声も誰にも聞こえていないよ。表情も違って見えているはず」と言う。妖精のチカラらしい。
誰もいない空中に向かってニヤニヤ笑っているように見えていなくてホッとした。


「担当の子どもがたくさん喜んでくれるとランクアップするんだよ。だから教えて?」
「なにを?」
「蘭子が喜ぶことだよ」
「え? 私が喜ぶこと?」

私が喜ぶことってなんだろう?

「何が出来るの?」とたずねてみたら「喜ぶことを夢で見させてあげる」と言う。

夢ならばと、私は「ドイツの景色を見たい」と言ってみた。友だちからもらった絵ハガキが美しくて憧れていたのだ。

その日の夜、私は海を楽々と飛び越えてドイツの古城をたずねていた。ライン川のほとりを散歩してローレライの歌も聞いた。
朝、とても満ち足りた気持ちで目をさました。

「ライディーン、ありがとう」

私はときどきお願いして、いろいろな夢を見させてもらうようになった。
ライ麦畑もライラック畑も写真で見るよりずっと素敵な場所だった。季節関係なく満開の景色を見せてもらえるのは夢のおかげ。クリスマスのライトアップも夏に見せてもらった。大がかりなしかけもすごいと思ったが、私はランタンがきらめく森が美しくてうっとりした。

ラズベリー畑のときは、起きた後も口のなかに甘さと酸っぱさが残っている気がした。あんなに夢中でほおばったのは初めて。
食べ物のお願いに味をしめて「ラーメンが食べたい」と頼むとライディーンがこう言った。

「ラーメンならお母さんに頼めばいいんじゃないの?」

ドキッとした。


私は小学生にしてはしっかり者だと言われる。明るく元気なやさしいおねえさんが私の役割だ。
妹のララの食べたいものに合わせることが当たり前で、自分の食べたいものを伝えたことがなかったと初めて気づいた。

そうか。おかあさんに頼めばいいのか。

ちょうど夕飯の支度に取りかかろうとしていたおかあさんに近づく。
なかなか言葉が出ない。
どうしよう。頼むのやめようかな。

おかあさんが「どうしたの?」と声をかけてくれた。
私が「ラーメンが食べたいの」と言うと、ニコッと笑って「寒くなってきたからいいわね」と言いながら、私をギュッと抱きしめた。

「蘭子のお願い、うれしいわ」と言いながら、具にする野菜を選んでいる。
おかあさんは私が食べたいものを伝えてないことを知っていたんだ。胸が少し熱くなった。

「なんでも美味しそうに食べてくれるのはうれしいんだけどね、食べたいものを教えてくれるのもうれしいのよ」とキャベツを刻みながら言うおかあさん。
私は切り終わったハムにラップをかけながら「うん。ありがとう」と言って、ランチョンマットを並べた。


この日をきっかけに、私は少しずつ自分の希望も伝えられるようになっていった。

親戚のビルの落成式に出たついでに家族で東京ドームシティに遊びに行ったとき、「ランチはラザニアが食べたい」と言えて、ラクーアにあるイタリアンレストランに入った。ララもパスタが好きなのでうれしそう。

おとうさんとおかあさんの初デートがこの遊園地だったとおかあさんが教えてくれた。
おとうさんがかなり情熱的なラブレターを書いてライバルを蹴落としたんだって。ラグビーの選手でめちゃくちゃガタイのいいお父さんがラブレター? 信じられない。
今だって目の前で大盛りのライスをガツガツ食べているのに。

私は笑いながらテーブルの上の熱々のラザニアを口に運んだ。


しばらくしてから、ランドセルの妖精は小学校卒業と同時にお別れとなり、記憶からも消えてしまうことを知った。

「ララも大切にランドセルを使って、ライディーンに会えるといいな」と言うと、
「たとえララのところに妖精がくることになっても、ランダムに選ばれるから俺の確率は低い」とライディーン。

「あのな、蘭子。ランドセルの妖精に会えるのは特別に思いやり深い人間で、本当にごくごくわずかなんだよ。蘭子はそのことに自信をもってほしい。ただ気を使い過ぎるところがあるから、自分にも思いやりを持ってくれな。楽にしてろよ」

いつしか人生の羅針盤のような存在になっていたライディーン。記憶から消えてしまうなんてとても寂しい。
でも、いろいろな経験と自分の想いを伝えることを教えてくれたことに心から感謝したいと思った。

来年のことを言うと鬼が笑うというし、後何ヶ月かはライディーンと過ごす日々を楽しもう。

今日は夢でどこに連れていってもらおうかな。
ラスベガスでぜいたくに遊ぶのもいいし、ラプンツェルのドレスを着てモデル気分でランウェイを歩くなんてどうかな。

想像するのは楽しい。
楽しいけれど、少し涙が出てしまった。


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