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囲炉裏端のイーヌ(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「い」から始まる言葉がたくさん入っています。

今は昔、因幡の国のその奥の、一本道をまっすぐ行った行き止まりに、ちょっと意地汚い夫婦が住んでおったげな。
その夫婦の名前は、イザナギとイザナミと言うて、幾千年も前の神さまの名前と一緒だったそうじゃが、神さまとはなーんも関わりはない、一般人だったげな。

とにかくこの二人は物を欲しがる。特に人が持っている物が欲しくて欲しくてたまらんで、なんとか手に入れようとするが。
村の稲刈りに行って、手伝ってもいないのにいち早く稲を持っていってしまうとか、芋煮会と聞けば、いの一番にやってきて鍋ごと食べてしまうとかは、まだ序の口。
家に尋ねてきた人には、何か手土産を置いていかないと、戸口の前に岩のように立ち塞がって、意地でも帰さない始末。
陰険でも意地悪でもないので、嫌われ者とまではいかないが、村の人たちはちょっと困っておったげな。

ある年の一月に、夫婦は神社に初詣に行った。そこで夫婦揃って「物が欲しい、たくさん欲しい」と祈っているのを聞いた神さまは、もう放っておけぬと思ったげな。
神社におわす神さまが、一番小さい一寸法師くらいの神さまを呼んで、「夫婦に言い聞かせてこい。いいえとは言わさぬぞ」とお役目を言い渡した。
この一番小さい神さまはたいそう賢く偉大な方だったので、ふんふんと頷きながら、神さまの依頼を引き受けたげな。

五日ほど経ったある日、一番小さい神さまは人間の大きさに変身して、いちごをいっぱい入れたカゴを持って、1匹の色の黒い犬を連れて、夫婦の家に向かったげな。

「とんとん。こんにちは」と声をかけると、家の中から小さな声が聞こえる。神さまは耳が良いのだ。

「あんれ、まあ。一度も見たことがない人だよ。居留守を使うかい?」
「うんにゃ、美味しそうな匂いがするから出てみよう」

「いらっしゃい」と、扉から顔を出した夫婦の目はいちごに釘付け。欲しくてたまらなくなっている。

「実は、犬と一緒にいちご狩りにきたんだけんど、急な用事が出来て移動しなくちゃなんねぇ。いっとき犬を預かってくれねえか」
夫婦はいぶかしげな顔をしている。
「この犬はいちごを見分ける一流の犬で、こいつが吠えたら、それはとんでもなく甘いいちごだぞ」と言う。
甘いいちごに目がくらんだ夫婦は、犬を預かることにしたげな。

翌朝、犬について歩いていくと、誰が育ててんだかわからないいちご畑に出た。
一個つまんで食べてみると、甘い甘い。
夫婦は夢中になっていちごを食べたげな。

その翌日も、犬について歩いていくと、今度は美しい泉に出た。この田舎に長く住んでいるけど、こんな泉があったなんて知らなかったと、夫婦はたいそう驚いたげな。
水を飲んでみると、甘い甘い。
夫婦は夢中になって泉の水を飲んだげな。

犬は、場所を見つけるだけではなく、他のことでもたいそう賢くて、探し物をしていると見つけてくれたり、歩く道に石っころがあると、小さく吠えて教えてくれたりした。
イザナギが一服していると、衣服のすそをくわえて、イタズラをすることもあった。

夫婦はいつのまにかこの犬を「イーヌ」と呼んで、可愛がるようになっていった。
囲炉裏のそばに来て、コロンとおなかを出して寝転がるので、ゆっくり撫でてやると、それはそれは気持ちのよさそうな顔をして居眠りをする。居心地がいいんだな、と夫婦は嬉しく思った。

夫婦はイーヌのことを、たいそう愛おしく思うようになっていた。

いつだったか、威張り散らしたいかつい男どもが道で絡んできたときには、唸り声で威嚇をし、夫婦を守ってくれた。
イーヌの勇ましく挑む姿に男どもは萎縮して、イーヌはそれはそれはかっこよかったげな。

夫婦はイーヌと散歩をして、健康的な身体になっていった。今までのいい加減な生活が嘘のように、バランスもよく、そしてよく笑うようになったげな。
イキイキしたイーヌと過ごすことで、いろんなことを意欲的に一生懸命にやるようにもなっていった。人や動物をいたわる気持ちも生まれてきた。

気がつくと「物が欲しい」という気持ちは、どこかに消え去っていて、イーヌがいちご畑や泉に行かなくなっても、全然気にならなかったげな。

一ヶ月経って、一番小さい神さまが再び人間の大きさになって帰ってきた。

イーヌが生き甲斐になっている夫婦は、イーヌを返したくなくて、隠してしまおうかと一瞬考えたが、やっぱりやめた。
「イーヌをこのままずっと育てたい」と、強い意志を話すことにしたげな。

一番小さい神さまは、
「私は実は神さまだ。イーヌの不思議なチカラは私が与えたもの。このままここにずっといても、一切いちごや泉は見つけられんけど、それでもいいのかい?」と言った。

「イーヌのチカラが欲しいんではねえ。イーヌが一緒だと生きているのが楽しいんだ」と夫婦は息ぴったりに答えた。

一番小さい神さまは、ふんふんと頷いて、イーヌを夫婦の元へ置いておくことにした。

夫婦の心を射止めたイーヌは、威勢よく「ワン!」と吠えると、満足そうな顔をした。

意地汚かった夫婦は、今ではイーヌを慈しむイケてる夫婦として、村で語られるようになっていったげな。

これは、ばっちゃんが囲炉裏のはたでいっぺこっぺ聞いた中の、一つのおはなし。

いきがポーンとさけた。

【い】
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