キウイの逆襲（創作）

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「き」から始まる言葉がたくさん入っています。

「無理、ムリ、むりーっ！」って、心のなかで叫んじゃったよ。

俺に突然舞い込んできた映画の主役のオファー。
これまでいろんなオーディションを受けてきたけど、「決め手に欠ける」とか「肝が据わっていない」とか、気持ちが萎えるような言葉で落とされてきた俺が主役だって？
嘘だろ？って耳を疑って、
あ、事務所からのメールで連絡きたから目を疑うだな。
でもまあ、何かきっかけがあったのかもって、今日の打ち合わせに来てみたんだ。
金曜だからバイト忙しい日なんだけど、代わってもらってさ。興味はあるし、ちょっと期待はしてたんだよ。この前ひいたおみくじ「吉」だったし。打ち合わせ場所の錦糸町も、そう遠くないし。


そしたらさ、
キウイの役だって。
なんじゃそりゃ？！って耳を疑ったよ。直接聞いたから“耳”で合ってるよな？
「キウイ役で主役って何するんすか？」と緊張しながら聞いてみると、改造されたキウイが巨大な悪の組織を倒していくんだと。キックが決め技のキウイって、どんなキャラクターなんだよ。
で、冒頭の「無理、ムリ、むりーっ！」ってなったわけ。

俺の記憶だと、ヒーローの改造って昆虫と人間を掛け合わせたりするんじゃないの？　ほら、いま映画やってるやつみたいな。
野菜を改造するって聞いたことねえし。奇をてらうにしても、ほどがあるだろう。

「野菜のヒーローって……」と声に出してしまったら、
「君！　キウイは野菜じゃなくて果物だよ。キウイフルーツと言うじゃないか！」と菊男からくってかかられた。いや、気にするところ、そこじゃないでしょ。

あ、菊の模様のシャツ着てるから、俺が心の中で“菊男”と命名したのね。以下、菊男。このシャツにもギョッとしたよ。個性的なファッションの人が多いこの業界でも、なかなかないセンス。ある意味危険な人物。

菊男がさ、自己紹介のときに、この映画の監督って言ってたけど、ほんと大丈夫か？　生粋の映画人でキネマ旬報に取り上げられたこともあるって自慢げだったけど、映画のタイトルを言わないところをみると、業績が良くて載ったんじゃない気がする。ま、それはどうでもいいけど。


「緑色のキウイ（俺）が赤いマフラー巻いたらクリスマスみたいになってカッコ悪いんじゃないすか」と言うと、マフラーは巻かなくていいというので、少しホッとした。
いや、俺も気にするところそこじゃないだろ。

それでさ、ライダーだとバイクを用意しなきゃなんなくて大変だから、乗り物はキュウリで作るって言うんだよ。
お盆の馬かってーの。

横に立ってる助手みたいな人が気の毒そうに俺のこと見てるよ。そうだよな。気の毒案件だよな、これ。
この助手みたいな人が、いいタイミングで飲み物を持ってきてくれた。
気が利くなあ。以下、助手男と呼ぼう。

助手男とは気が合いそうだから、今後の窓口になってもらおうかな。
って、俺、これ引き受ける気か？　そこまで聞き分けよくないぞ、俺。

ん？
差し出された緑色のジュースを見てキョトンとしている俺に、助手男が「キウイジュースです」と気まずそうに小さな声で言う。
強力なキウイ団体でもバックについてるのか？　ん？

気になることだらけで、かえって気楽になってきた。

「なんで俺なんすか？」とズバリ切り込んでみたら、
菊男が目をキラキラさせながら、
「君、キーハンターのパロディ映画にエキストラで出てたでしょ？　毅然としてなくて、気品がなくて、鍛えあげられてなくて、実に良かったんだよー。基礎も出来てなさそうだし」と言う。

な、なんなんすか。
俺、そんなこと言われるほど、何かあなたの気にさわることしましたか。さすがに傷つきますけど。

と、言ってやりたい言葉をグッと飲み込み、助手男を見ると、目をそらされた。どうやら、笑いをこらえているらしい。

「キャッチコピーは『弱々しいフルーツが人類の危機を救う』だ。フガー。きっと大ヒット間違いなし！　フガー」と菊男は驚異的な鼻息と共に語ってくる。

「着ぐるみと全身タイツとどっちがいい？」と聞かれ、
「いやー、主役は正直魅力的っすけど、俺、引き受けないっすよ」と、極めてにこやかにお断りしてみた。

「なんでだよ〜。あ、そうか。キスシーンも入れてやるよ。お前は緑色キウイで、ヒロインは黄色いキウイがいいな。お前の好みはきれいな子か？　ギャルっぽい子か？」って、急に、“君”呼びから“お前”呼びに変わったな。ま、いっけど。

「それともギャランティーが問題か？　金額の相談にはのるから、なんとか頼むよ」と必死になる菊男。

きっぱりと「いや、無理っす」と断る俺。この映画じゃ記念にもならないだろうって。

毅然としてなさそうな俺に、毅然と断られ、菊男はこれ以上は無駄だと判断したらしい。打ち合わせはきっかり30分で終了。

出口まで送ってくれた助手男がこっそり教えてくれたが、これまで散々断られて、俺は8人目だったそうだ。
気弱そうな奴ばかり狙っていたのかと思いきや、勤勉な奴とか気立てのよい奴とかオシャレな着こなしの奴とか、とかとかとか、いろんなキーポイントで攻めたらしい。キウイに着こなしを求めるのは、ちょっと違うと思うけどな。

きめ細やかな対応をしてくれた助手男に礼を言って、俺は錦糸町を後にした。


相変わらずオーディションには落ちまくり、バイトにあけくれて過ごした一年後、俺は『キウイの逆襲』という映画の封切りを知った。監督が菊男の名前だったから、あの映画だと確信したよ。
「主役、決まったんだ……」と半分感心、半分呆れながら、映画の紹介を読んでみると、キウイたちが協力して悪の組織を倒し、絆を深め清らかな世界を築くと書いてある。決まり文句っぽいけど、やっぱり無理あるんじゃね？
9番目にオファーした人が主役になったとも正直に書いてあった。監督が「9回裏サヨナラ逆転満塁ホームランが起こったような主役の起用でした。フガー」とインタビューに答えていた。

規律正しい主役のおかげで、撮影が順調に進んだそうだ。
キーワードは規律？
ギャフンってこういう時に使うんだと知ったよ。ギャフン


でもさ、30分だけとはいえ関わった映画だもの。ヒットを心から祈念するよ、俺。


観にもいくよ、もちろん。
キュウリの馬が出たときの、客席の反応がみたい。

【き】
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