ナインボールは突然に(創作)
奈緒「縄」
賢也「綿」
笑子「タコ」
聖司「粉」
奈緒「なまこ」
賢也「ココア」
笑子「アイス」
聖司「すずな」
奈緒「えーっ、また“な”?!
んーーーっとね、七不思議」
笑子「七不思議って言えば、私たちの学校にもあったよね。第二校舎の階段とか」
奈緒「そうそう。昇るときと降りるときの段数が違うってやつでしょ。あと暗くなってから中庭のナナカマドに触ると泣き声が聞こえるっていうのもあったよね」
聖司「懐かしいな。夜中、音楽室のピアノが鳴り響いて、中を見ると誰もいないっていうのもあったな」
笑子「それって、うちらの学校だけでなく、全国的にあるよね」
賢也「ギブアップ。あ、七不思議を思い出せないって意味じゃないよ。七不思議の「ギ」の続き」
サラリとしりとりに戻った。
賢也がクールで近寄りがたく見られるのは、こういう流されない感じも影響しているのだろう。実際はかなり熱くて面白い奴なんだと知っているのは私たち以外に何人いるかな。馴染んで初めて分かる賢也の魅力だ。
今は生クリームがついた指を舐めている。
笑子「プチトマト」
聖司「年女」
奈緒「ええっ?! また“な”?!
んーーーー、ナインボール」
笑子「ナインボールって何? 賢也も聖ちゃんも知ってるの?」
賢也「知ってるよ。ビリヤードのゲームだよ」
聖司「うん。知ってる」
笑子「ビリヤードなんてやったことないもん! 奈緒はやったことあるの?」
笑子の質問に私はギクッとした。
私たち四人は中高一貫校で一緒に過ごした仲間。性格は全然違うのになぜか気があって、別々の大学に進み社会人になってからも仲良くしていて、
今日は笑子の家で、ちょっとお酒も飲みつつ、ナッツやナゲットなどをつまみながら遊んでいる。
集まったときは、たいていしりとりをするんだけど、途中で他の話を始めてもよくて、急にしりとりに戻してもいい。
私たちのしりとりには二つルールがあって、一つは最初の人の文字数と同じじゃなきゃいけないこと。これがけっこうハードルが高くて、その分面白い。
二つ目は、3人以上が知ってる単語じゃなきゃダメってこと。一緒にいた時間が長いから、4人とも知ってる場合がほとんどなんだけど、こんなこともある。
奈緒「うん。一回だけやったことあるよ」
笑子「そうなの?! いつ?」
奈緒「2ヶ月前だったかな」
笑子「そうなんだー。会社の人と行ったの?」
私がなんて答えようか戸惑っていたら、それに気づいたかどうかはわからないけど、賢也が
「俺、ルで始まる6文字の言葉思いつかないや。降参」と言った。ナイスなタイミング。ありがとう賢也。当の賢也は何も気づいていないだろうけど。
「ルはハードル高いよな。ルーレットだと5文字だし」と聖司が言うと、笑子が「ルビーの指輪は?」と言い出した。
単語二つだからダメということで、賢也に加えて笑子もNG。二人が罰ゲームをすることになった。
罰ゲームが厳密に決まっているわけではないんだけど、なんとなく「みんなに言ってないことを告白する」のが恒例となっている。
私が罰ゲームにならなくてよかった、と心から思った。
なぜなら、私は笑子に内緒にしていることがあるから。
ビリヤードには聖司と二人で行った。
個人LINEで「ビリヤードの練習に付き合って」と連絡が来たから、「いいよ」と答えて待ち合わせ場所に行くと、「じゃあ行こう」と言う。
「あれ? 笑子と賢也は?」と尋ねると、「誘ってないよ」とグングン歩いていく。
だから個人LINEだったのかと納得しながらも、なんで二人?という疑問は浮かんだままだ。
だが、初めてやるビリヤードが思いのほか楽しくて、そんなことはどうでもよくなってしまった。
ナインボールというゲームをお店の人に習ってやりはじめて、思うように球に当たらないのが楽しく、狙っていないのに偶然ボールがポケットに入るのも楽しく、ルールが分からなくなってお店の人に聞きにいくのが楽しく、とにかくずっと笑っていた。
わざと面白いことを言ったりしたりするわけではないけど、楽しい雰囲気を作り出すのが上手な聖司。和やかな表情を眺めていると、それだけで平和な気持ちになる。
本当に本当に楽しくて、
笑子が小学校のころからずっと聖司を好きなのが分かる気がした。
私と賢也は中学からの付き合いだが、笑子と聖司は幼なじみで幼稚園から一緒だ。
小学校時代、笑子がクラスメイトに長靴を隠されたとき、聖司が一緒に探してくれてみんなを怒ってくれたそうだ。
いつもニコニコしている聖司が殴りかかりそうな勢いで怒ったので、みんなビックリしてそれから仲間はずれがなくなったそうだ。
「あのときの聖ちゃん、王子様みたいだった」と笑子は事あるごとに言う。
一度、私がふざけて「白馬に乗っていたの?」と聞いたら、笑子が「ううん。馬は馬でもナスで作った馬」と言う。
賢也が「それはお盆に飾るやつだろ!」と突っ込むと、笑子はペロリと舌を出しながら聖司のほうを向いて可愛らしく笑った。
そう。
笑子は可愛い。
見た目だけでなく内面も可愛らしい。
校内でナンバーワンの人気を誇る笑子にはファンがたくさんいて、駅などでそっと眺めている男子をよく見かけたものだ。私たちはいつも4人で一緒にいるものだから、話しかけてくる人はなかなかいなかったが、勇気を出して告白する子はみごとに撃沈して、友だちに慰められていたっけな。
私だって、すっかり慣れたとはいえ、笑子にニコッと微笑まれるとまだたまにドキッとするほどだ。陶器のように滑らかな肌も美しい。
そんな笑子と友だちでいられるのは本当に嬉しいことで、
だからこそ、うっかり二人で出かけることになってしまった聖司とのビリヤードは、とても話せないと、私は思った。
楽しくて、また二人きりで会いたくなったから、なおさらだ。気持ちに蓋をしなきゃ。
咳払いをしてから、賢也が「みんなにまだ伝えていないこと……」と話し始めた。
「俺、アメリカに行くことにした。研究所に空きが出て、、、、、チャンスなんだ」と真剣な顔。
「もしかして、小さいころからの夢を叶えるの?」
自分の声が震えているのが分かる。
「まだだよ。でも一歩近づこうと思って」
「わあ、すごい。すごいね」という笑子の声も震えている。
昔から賢也が憧れていたNASAへの夢を成し遂げにいくんだ。
目頭がググッと熱くなった。
「泣くなよ。二度と会えないわけじゃないし」と賢也。
「ち、違うの。日本からいなくなるのは寂しいけど、これは感動の涙……。並外れた才能もあるけど頑張っていたのを側で見ていたから、うれしくて……。すごいよ賢也」
私につられて笑子も涙目になっている。
「みんなの応援のおかげでがんばれたんだよ。ほんとは怠け者なんだよ俺」と賢也が言ったら、
「わたしも頑張ってこられたのは、みんなのおかげだと思ってる」と笑子が話し始めた。
地元のテレビ局でナレーターをしている笑子も夢にむかって進んできた人。他人からは何気なく見えるかもしれないけど、涙ぐましい努力があってこその表現力なのだ。
そんな笑子がクルリと後ろを向くと「あのね、私この前プロポーズされてお受けしたの」とつぶやいた。
「えーーっ!」と叫んでしまってから、笑子の顔を見ようとしたら、
「恥ずかしいから見ちゃダメ……」って、ほんとに耳の後ろが真っ赤になっている。
聖司と笑子がいよいよ結婚するのかと思ったら、覚悟していたはずなのに聖司の顔が見られない。
賢也が「相手は誰?」と聞いている。
何言ってるの。聖司に決まってるじゃない。と賢也を軽く睨もうとしたら、笑子が
「局の先輩なの。七つ上で」と言う。
ちょ、ちょっと待って。
話の展開についてゆけない。
「笑子、その人と付き合っていたの?」と聞く私の声は、賢也の時とは違う意味で震えている。
「うん。一年前から付き合ってる」
「なんで言ってくれないのぉ!!」と、震えを通り越して声が裏返る。
「だって、みんなとは親しすぎてかえって恥ずかしかったのよ」と笑子。
こういうところも可愛いのよね。しかたない。可愛いは正義だもん。
「おめでとう」と力をこめてハグしてから、笑子の全身を撫でまわした。
しばらく賢也と笑子の話を黙って聞いていた聖司が突然口を開いた。
「俺も言うことがある」
笑子のことかな。もし聖司が取り乱したらなだめないといけないな、と考えていたら、
「俺、奈緒に告白する!」と言った。
言ったように聞こえた。
言ったように聞こえた気がする。
言ったように聞こえた気がする気がする。
笑子が「やっとぉ? 何年かかってるのよ」と笑い出した。
賢也も笑いながら「お前って他人の面倒を見るのは得意なのに、自分のこととなると情けないほどダメだな」と言っている。
「うるさいっ!」と二人の笑いをさえぎって、聖司が私のほうを向いた。
眉間にシワを寄せて「奈緒、俺……」と言いながら、私の両肩を思い切りつかむものだから、思わず「痛っ」って声が出た。
慌てて手を離して「ごめん」と謝る聖司の表情が切なくて、
思わず「聖司、わたしずっと聖司のことがすきだったみたい」と言ってしまった。
「なんで俺に先に言わせてくれないんだよぉ〜。どうやって告白しようか、すごく悩んでたのに」と言いながらヘナヘナと床に崩れ落ちた。
賢也と笑子は大笑いしている。
中3の夏休み、ナイターを見に行った帰りに流れ星に遭遇したことがあるんだけど、流れ星に願い事を言うと叶うと聞いた聖司が
「奈緒と付き合えますように」と祈っているのを二人は聞いてしまったんだって。
笑子がよく聖司のことを褒めていたのは、私へのアピールだったんだって。
そんなに昔から……、と驚くと同時に嬉しさが込み上げてくる。
「あ! じゃあもしかするとこの前のビリヤードはデートだったの?」と聞くと
「うん。ほんとはあのときに告白しようと思ってたんだけど勇気が出なくてさ」と言う。
なーんだ。
なんだ、そうだったのか。
なるほど。
謎が解けて一段と明るい顔になった私に
「奈緒って、頭はいいのに、こういうことに疎いよな」と、やさしく笑いかける聖司。
「さあ、今日はそろそろおひらきにしましょ」と笑子が言って、私たちは帰ることにした。
玄関から出るときに聖司が何気なく手を貸してくれて、その流れでそのまま中指を絡めて歩き出した。
高いところから「奈緒ー!」と声がしたので見上げると、笑子が窓から身を乗り出して大きく手を振っている。
私は聖司とつないでいる指はそのままにして、反対側の手を大きく振りかえした。
笑子は大きく頷くと、
満月でひときわ輝く月に、
賢也が憧れてやまない月に向かって
ゆっくりと投げキッスした。