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天に舞う手品(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「て」から始まる言葉がたくさん入っています。

「手品」と、便箋に手書きのふた文字だけが並んだ手紙が届いた。
差出人は高校の同級生のてんちゃん。

これってたぶん、手嶋先生の結婚式の余興のことだよね。LINEのグループチャットで、クラスでお祝いするのに何がいい?って聞かれてたことへ提案な気がする。

私たちは先生が最初に卒業させたクラスで、天塩にかけてもらった生徒たちだ。
学生時代も、卒業して5年経った今でも、とても仲が良くて定期的に集まっているクラス。そんな私たちを、先生が「みんなで来いよ」と披露宴に招待してくれたのだ。
余興の時間もいただいたので、何がいいか相談している最中なのだ。


「手品」ってふた文字だけなら手紙じゃなくてハガキでも良かったのに、と思ってから、いや、LINEに書き込めば済む話じゃない?と気がついた。

てんちゃんに個人チャットで、
「手紙届いたよ。手品って、先生の結婚式の余興のこと?」と連絡したら、
「うん」と返事が返ってきた。
「グルチャに書き込めばよかったのに」
「うーん」
「書き込むのが嫌なの?」
「ううん」
「私が代わりに書き込めばいいの?」
「うーん」

会話の手応えが無さすぎる。
私はチャットのやり取りをあきらめて、電話をすることにした。

まあ、てんちゃんのこうゆうところは高校時代からよく知っているし、嫌な気分になることはない。


無口でマイペースだけど、人の嫌がることは絶対にしないてんちゃん。
転校したばかりで周囲との関係づくりを手探りしていた私は、隣の席のてんちゃんののほほんとした善人ぶりにずいぶん救われたし、助けてもらったりもした。

私は家庭環境が少し複雑で、クラスの中でちょっと居心地の悪い話題になることが時々あった。
話題に入るには抵抗があって「どうしようかな」と悩みはじめると、きまっててんちゃんが私に向かって手招きする。最初のころは「何の用?」と尋ねていたけど、何回か続くうちに、私が居心地が悪いときに気づいてくれてるんだと分かった。しかもかなりの的中率で。

とても不思議で、「ありがとう」と伝えたこともあるんだけど、照れ屋のてんちゃんは御礼を言うと真っ赤になってしまうので、かえって申し訳なくなり、だんだん当たり前の出来事になっていったのだった。


久しぶりに電話で話したてんちゃんは、以前と全然変わっていなくて、そのことにまずはホッとした。
「てんちゃん、手品できるの?」と聞いてみると、「今はまだ出来ないけど、出来るようになりたいの」と言う。

ああ、だからまずは私に連絡してきたんだね。今は未完成だから少し心配もあったのかな。

「てんちゃんは手先がものすごく器用だからきっと大丈夫ね。みんなには私から『手品はどう?』って伝えてみるね」と言うと、「ありがとう。よろしくね」と小さな声が聞こえてきた。うれしそうである。


グループチャットでは、この提案は大賛成で迎えられ、最初にみんなで校歌を歌い、その後でてんちゃんが手品を披露することになった。
文化祭の展示などで、てんちゃんの天才的な手さばきはみんな知るところであり、「てんちゃんの手品!!」とテンションが上がりすぎて心配になるほどだ。と言っている私のテンションもかなりあがっている。

てんちゃんがグループチャットに
「みんなの好きな単語を一つずつ教えて」と書き込むと、みんなそれぞれに「夢」だの「希望」だの「成長」だのって入れ始めた。「感謝」「出逢い」「愛」「まごころ」などなど、目にしているだけで幸せな気持ちになってくる。

てんちゃんが何のために聞いてきたのか、ヤスコあたりは尋ねたくてウズウズしているだろうけど、でも、返事が返ってこないことは分かっているから質問しない。いいチームワークだなと思う。

信じて託す。
これは手嶋先生との日々のやり取りのなかで培われたものだ。先生が私たちにそうして接してくれたから、私たちも自然とそれが出来るようになっていった。

私たちは高校時代に、とても大切なことを手に入れたんだと、あらためて実感した。


あっという間に時間が経ち、先生の結婚式を1週間後に控えた日曜日になった。
みんなで集まって校歌の最終練習。合唱コンクール優勝クラスの実力は健在で、歌いながら聴き惚れる始末。おめでたい面々。

「当日が楽しみだね」と言い合っていたら、てんちゃんが「みんなにお願いがあるの」と今日はじめて言葉を発した。

「これを結婚式当日に身につけてきてほしいの」と、手提げ袋をゴソゴソさせて取り出したのは手編みのレースのモチーフ。
丁寧に編まれた真っ白なモチーフは、手触りがよくとても軽かった。そしてこの前集めた単語がうっすらと浮き出ていた。

「天使の羽根みたい」と誰かがつぶやいて、なるほどと思った。
みんなは渡されたモチーフを大切にしまって、当日忘れずに身につけてくると約束した。
あと、事前にできることは、前日にてるてる坊主を吊るして天気を祈るくらいだ。


いよいよ、結婚式当日。

風が気持ちのよい晴天のもと、挙式を終えた先生とお嫁さんがテラスで出迎えてくれた。
写真を見せてもらったときも美しい方だと思ったけれど、実際にお会いしたら何倍も素敵。たおやかでやさしい笑顔が魅力的。ご友人たちから「お手柄だな」「でかしたぞ!」なんて声をかけられている。

先生は私たちを見つけると「みんな、よく来てくれたな。ありがとう」と言って目を細めた。私たちは感動しすぎて「おめでとうございます」と言うのがやっとだった。

披露宴が始まり、先生のご友人が二人の馴れ初めを話し出すと会場はあたたかい笑い声に包まれた。
やっとの思いで電話番号を手に入れた先生が初デートに誘ったエピソードは、日ごろテキパキしている先生からは想像も出来ないくらい、もたもたとしたものだった。みんな大爆笑するなか、先生とお嫁さんは顔を見合わせて照れくさそうに微笑んでいる。

私たちの後輩にあたる新人アナウンサーが司会を務め、ウェィティングボードやフラワーアレンジメントもみんな先生の教え子たちの作品だと紹介していく。なんとデザートも教え子が担当したそうだ。

心のこもった披露宴。デラックスではなくスペシャルな場。ここに居合わせられたことを誇りに思う。

私たちが校歌を高らかに歌い上げると、先生は目頭を手でぬぐっていた。

私が係のひとに合図を送ると電気が消え、高砂とその横に立つてんちゃんに照明があたった。これは私がてんちゃんに頼まれたお手伝い。
ここから先はてんちゃんしか知らない。


てんちゃんがお辞儀をしたあと、手のひらをゆっくり天井に向かって持ち上げていくと、私たちがつけていたレースのモチーフがふわふわと浮かび上がっていった。
ピンで止めたり縫い付けてあったのにどうして、と思いながら目で追うと、
レースに編み込まれていた言葉だけを空中に残して、レースたちは先生たちの前に引き寄せられていった。テーブルの上に雪のように積もっていくレースたち。

宙にとどまった「夢」「希望」「未来」「思いやり」などの言葉たちは、光に照らされてキラキラしている。

口を開けて見惚れていた係の人が、ハッと我にかえると音楽を流してくれた。私たちのクラスのテーマであり、先生が大好きな曲だ。

言葉たちが音楽にのって動き始めた。
まるでダンスをしているようで、シンと静まり返っていた会場から小さな手拍子が起こった。

言葉たちは最後に少し光ると、空気に溶けていった。心のなかに溶けていくように。

大きな拍手のなか、てんちゃんは深々とお辞儀をして、手品をおひらきにした。

【て】
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ちょっちょ
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