ぐうたら姫とクジラのクウ(創作)
お城がひとつ、町がひとつ、森がひとつ、山がひとつ、川がひとつ、港がひとつの小さな国に、小さなお姫さまが住んでいました。本当の名前は長くて立派なのですが、ぐうたらしていることが多いので、みんなはぐうたら姫と呼んでいます。みんなって、キングやクイーンやお城の人たちだけでなくて、この国の人たちみんなのことです。
みんなは、お姫さまのことが大好きで、靴をはいて初めて歩いた日はお祝いし、九九を覚えたと聞いては喜び、眠れなくてクマができたと聞いては心配しています。姫がくしゃみをすると、あちらこちらから薬が届けられるほどです。
みんなは、ぐうたらしている姫の姿も、とてもかわいらしいと思い、大好きでした。
みんなの愛情がこもっているので、お姫さまも「ぐうたら姫」と呼ばれるのを気に入っています。
ぐうたら姫は、ぐうたらするだけではなくて、とても食いしんぼうです。街に出かけて買い食いするのも大好きで、
クッキーや草餅、クレープや串焼きなんかを道で召し上がります。
異国の食べ物クッパを道で食べようとしたときはさすがに止められて、お城の料理長に作ってもらうことになりましたが……。
ある日、ぐうたら姫が散歩して港へいったときに、一頭のクジラに出会いました。
クジラが好きなお姫さまが喜ぶかと思ったら、まるで違いました。
ブイをくぐって浅瀬に迷い込んでしまったクジラの苦痛が、ぐうたら姫に伝わったのです。
すぐに宮内の専門家を呼び、クジラを無事に海へ戻すためにどうしたらよいかを相談しました。
お姫さまはテキパキと指示をして、あっという間にいろいろな準備を整えました。クジラが驚かないように、近寄る人たちは黒ずくめの服装にする徹底ぶりで、くぼみにひっかかったときに持ち上げるクレーンも用意されました。他にもさまざまな工夫をしました。
結局、すてきな口笛吹きの誘導で、クジラがくたびれる前に無事に広い海に帰すことができました。みんなは、ぐうたら姫の活躍をたたえて、口々に「グッジョブ!」と叫びました。
その日の夜、ぐうたら姫の夢のなかにクジラがあらわれました。海に帰してあげた、あのクジラです。
クジラは「わたしはクジラのクウ。今日は助けてくれてありがとう。お礼に姫をわたしのおうちにご招待します」と言って、手をつないで海にもぐっていきました。夢のなかなので、息も苦しくありません。
クウのおうちではクラゲたちがダンスを踊って出迎えてくれました。キラキラ、クネクネ、個性的なダンスです。
踊りながらクラゲはぐうたら姫の首に首飾りをかけました。首飾りについた深い藍色のクリスタルには「クジラを助けた勲章」という文字が組み込まれています。気配りにもクオリティーの高さにも感心しました。
案内された広間には、たくさんのご馳走が並んでいました。
クリームシチューにグラタン、黒毛和牛のステーキには黒こしょうがたっぷりかかっています。クロワッサンに栗おこわ、クロックムッシュまでありました。デザートはくるみと果物が入ったケーキとクリームソーダです。
「なんで私が好きなものを知っているの?」
ぐうたら姫が首をかしげながら尋ねると、クウはクスッと笑って、
「わたしはいつも姫を見守っていたのよ。クジラの目は陸の上を見通せるの。
朝早くから剣や語学のお稽古をして、日の暮れるころには街の人の暮らしぶりや森の様子をチェックしてるのよね。夜、暗くなってからは王さまと政治のお話をしたり、おかあさまに社交界のことを習ったりもしている、とても努力家の姫を。
だから好きな食べ物も知っているのよ」と言いました。
ぐうたら姫は恥ずかしそうにうつむきました。
「お昼はのんびりぐうたらして、すてきなくつろぎかただと思うわ」
ぐうたら姫は真っ赤になりました。
「姫はシャイだものね」
と言いながらクールに笑うクジラのクウに、ぐうたら姫は口をとがらせました。
背びれをシャンとして「本当にありがとうございました」と、クウにあらたまって言われて
ぐうたら姫はクラシカルなお辞儀をしながら「当然のことをしたまででございます」とご挨拶しました。
そして、
「あのね、私のことはぐうたらだと思っていてほしいの。お願いね」と、屈託なく言いました。
それから、ぐうたら姫とクウは、姫の国を散歩することにしました。
散歩といっても、地面を歩くのではありません。フワフワと空中を飛んで、いろいろな場所を見てまわりました。
夢のなかなので、クウも苦しくありません。夜空ではなくて、昼間の空を飛んでいます。
空気をいっぱい吸い込んだクウが、
「ああ、草の匂いがする」と言いました。クジラの目で観察はできても、実際に匂いをかいだのは初めてだったのです。
甘い匂いが流れてきたときには、ぐうたら姫が「これはクチナシの花の香りよ」と教えてあげました。クウは感動しました。
クウそっくりの雲とクウが並んだときには、ぐうたら姫がグッときて、後で絵に描こうと心に決めました。クジラと雲の組み合わせなんて、空想の世界だと笑われるかもしれないけど、いま目の前で起こっていることを、いつまでも覚えていたいと思いました。
海も空も陸も、比べることができないほど素敵だなと思いました。
ぐうたら姫とクウは空に浮かんだまま、ずっと昔から友だちだったように、くだけた調子でとりとめのない話やくだらない話をしました。タコがイカを口説いた話には、涙を流しながら大笑いしました。
悔しかった思い出はありませんでした。
そんなところも二人は似ていました。夢のなかでもどこでも楽しめる、楽しみ癖もそっくりでした。
ぐうたら姫が
「また遊びにきてね」と言いました。
クウはそれには答えずに
「ずっとぐうたらなままでいてね」と言いました。
ぐうたら姫が目を閉じて、もう一度目をあけたら、自分のベットの上で布団にくるまっていました。
楽しい夢だったなと思ったとき、首にかかっている首飾りに気がつきました。
夢だけど、夢ではありませんでした。
お城がひとつ、町がひとつ、森がひとつ、山がひとつ、川がひとつ、港がひとつの小さな国に、ぐうたら姫と呼ばれる小さなお姫さまが住んでいました。
ぐうたら姫がクジラを助けた武勇伝が広まったあと、この国の辞書の「ぐうたら」の箇所に、もう一つ意味が加わりました。
ぐうたら
[名・形動]①気力に欠けていて、すぐ怠けようとすること。不精でいいかげんなさま。また、そういう人。「―な生活を送る」「―亭主」
②がんばっている人がのんびりすること。それを楽しんでいるさま。「今日もすてきな―ぶりだ」「ときどきは―しなさい」
青空には、ぐうたらしていても気づくほど、くっきりしたクジラの形の雲が浮かんでいました。クレヨンの白より真っ白な雲でした。