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じいちゃんのヨロイ(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「や」から始まる言葉がたくさん入っています。

珍しく母から電話があった。じいちゃんが入院したという。
急を要するわけではないらしいけれど、俺はすぐさま車に乗り実家に向かった。
そういえば仕事の忙しさにかまけて、4年も帰っていなかったことに気がついた。

洋食屋を営んでいて忙しい両親に代わって俺を育ててくれたのはじいちゃんとばあちゃんだ。弱虫でよく泣いて帰った俺を、じいちゃんは叱ることもせず寄り添うように話を聞いてくれた。
友だちにそんな昔話をしたときに「お前、そんなじいちゃん珍しいよ。普通は『男なら泣くな』とか『男らしくない』とかって怒られるとこだよ」と言われ、たしかにそんな先生たちもいたと思い出した。俺はそんな有り難みにも気づかずのびのびと育ててもらったわけだ。

じいちゃんには感謝しかなく孝行したいと心から思っていたけれど、いつまでも元気でいるものだと信じ込んでいたので入院だと聞いて慌ててしまった。齢八十を超えているのだから想像できそうなものだったのに……。
時間が何倍にも遅く感じる中、ようやく実家に到着した。夜明け前、ひんやりとした空気が柔らかな陽光を待ち望んでいる。

家族を起こさないように、そっと合鍵でドアを開けてリビングのソファーに倒れ込んだ。夜通し運転してきた疲れはあるものの、じいちゃんへの心配で眠くはない。
「少しでも良くなっているといいんだけど」とボソッとつぶやいたら、「あら、ヨウイチ。帰ってきたの?」と母の声がした。どうやら起こしてしまったらしい。

「こんな時間にごめん。じいちゃんの様子を見ないと心配でサ」と言うと母は笑った。
面会時間までには間があるから入浴してひと眠りしたらという母の提案を素直に聞き、洋服を脱ぎ風呂に入った。
浴槽に身体を沈めると疲れと眠気がドッと押し寄せてきた。4時間くらいだっただろうか。俺はいつのまにかグッスリ眠っていた。

面会開始時間に母と病室に入ると、じいちゃんがベッドに横になっていた。
「じいちゃん」とそっと声をかけると、「おー、ヨウイチか! 久しぶりだな」と元気そうな声でヨッコラショと上半身を起こした。
「じいちゃん、寝てなくて大丈夫なのか?!」と俺が慌てて手を差し伸べると、大丈夫大丈夫とニコニコしている。

「痛いのは足だけだからな」と包帯をグルグル巻かれた足を指さしている。
「え? 足?」と驚く俺に、母が「骨折って言わなかったっけ?」とうそぶいた。

「入院したって聞いて……、俺てっきり内臓が悪いんだと思って……」
力が抜けて、お見舞い用の椅子に倒れ込むように座った。母がケラケラと笑っている。

「心配して駆けつけてくれたんだな。ありがとう。ヨウイチは昔からやさしい子だったものな」とじいちゃんが言う。
ヨボヨボでなく元気なのは喜ばしいことだけれど、あまりにも余裕しゃくしゃくで何だか悔しい。

「まあ、俺もしばらく帰ってなかったし、、そんなに慌ててないし、、」とモゴモゴと言ってみると、「いやいや、ちょうど良いタイミングで帰ってきてくれたよ。話があったんだ」とじいちゃん。

骨折と入院は困ったことだったけれど、よくしたものでヨウイチが帰ってきてくれたと言うのだ。

「おまえ、あのヨロイ要らないか?」と尋ねられて、一瞬とまどったがすぐに分かった。じいちゃんが大切にしているヨロイのことだ。


小学4年生のとき、担任のヨシコ先生が「自分の家のお正月を調べてきてください」と言った。要点しか言わないヨシコ先生。ようするに宿題というわけだ。

俺の家のお正月って一体なんだろう? おじさんやおばさんがやってきて、おせちを食べながら酔っ払う日。いとことゲームで遊んだりして陽気に過ごす日。お年玉をもらって喜ぶ日。
去年のお正月もそんな感じだった。

そういえば友だちの家はどんな様子なんだろう? 考えたこともなかったな。

母に聞いてみると
「たぶん、うちもよそのお宅もだいたい同じお正月なんじゃないかしらね」と首をかしげながら答えてくれた。
「そっかぁ。宿題どうしようかな」と自分の部屋に戻ろうとしたら、「あ、ちょっと待って」と母に呼び止められた。

「お正月にヨロイを飾るのは、うちくらいかも」と言う。お嫁に来たときには驚いたのに今では当たり前になっていて思い出せなかったそうだ。

俺はどこの家でもヨロイを飾るものだと思っていたのでビックリ。居間でようかんを食べているじいちゃんの横に座って「うちのヨロイって特別なの?」と尋ねた。
じいちゃんは残っているようかんを楊枝に刺すと俺の口に放り込み、ニコニコニコしながら話しはじめた。

じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんは世渡り上手が幸いして、お城にご奉公していたらしい。お世継ぎが生まれた年に大層な手柄を立てて、殿様からご褒美にヨロイをもらったそうだ。畏れ多いと一度は固辞したけれど「よいではないか」と寄越してきたと。
「うちの家宝だぞ」と自慢するじいちゃんに「どんな手柄を立てたの?」と聞いてみたら「知らん」と言う。
ばあちゃんも母も笑っている。
「誰も知らないんだって」

「世直しでもしたんだろう」とじいちゃんが適当に言う。いや、それはないだろうと小学生の俺にもわかる。読みが甘すぎる。

理由はともあれ、ヨロイは我が家の家宝で、お正月にそれを飾るのが我が家流ということがわかった。

この話には後日談があり、ヨロイに興味をもったヨシコ先生が我が家へ訪問。俺の兄貴が吉永小百合さん似のヨシコ先生に一目惚れ。容姿端麗で相手なんてよりどりみどりのはずの先生が、なぜか兄貴の気持ちに応えて見事にゴールイン。
予想を上回る展開に親戚一同大喜び。

それ以来縁結びのヨロイをお正月に飾るのはヨシコ先生、いやヨシコ姉さんの役割なのに、どうして俺にくれると???

とまどっている俺に母が「兄ちゃんがヨーロッパに転勤が決まって家を出るのよ。家族も少なくなるから実家を売って、じいちゃんたちと一緒にマンションに引っ越そうと考えてるの」と言う。
だからヨロイが邪魔に?

ってか、話の順番がおかしいだろう。
そんな予定があるなんて聞いてないし。

親戚で寄り集まることも減ったし、体力的にも金銭的にも余裕のあるうちに、思い切ることにしたようだ。こういう話になると何の役にも立てない俺は少しすまない気持ちになる。

「ヨロイを磨くのはヨウイチが一番じょうずだから」とじいちゃん。
そりゃあ、細かい細工もあって磨くのは容易じゃないけれど、譲る理由としてはあまり嬉しくない。
そんな俺の気持ちを察したのか、「汚れる前の丁寧な養生が一番大切で、誰でも出来ることではないんだぞ」とヨイショされた。

親戚からじいちゃんと俺はよく似ていると言われるが、こういうところなんだろうなと思う。何を言えば相手が納得するか自然に読み取れてしまう。

小さいころから寄り合いに連れて行ってもらうのは兄弟で俺だけだったし、東京に用事があるときは俺も同行させ、帰りに寄席に寄ってくれた。物知りなじいちゃんは、行きすがら予備知識を話してくれるのでより一層楽しむことができた。
俺が学生時代洋楽に夢中になったときは、俺がじいちゃんに教える側になった。五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」や「夜空」が持ち歌のじいちゃんが洋楽?と思ったが、興味をもったら学びに余念がなく、俺が教わることもしばしばだった。

江戸っ子でもないのに、若いころから宵越しの金は持たないタイプだったらしく、ライブやコンサートはじいちゃんが気前よく奢ってくれた。もちろん交通費も全部持ちで。

そんなじいちゃんの頼みを断れるはずもない。俺は喜んでヨロイを引き受けることにした。

なんにせよ、じいちゃんが元気でよかった。「近いうちにまた来るから」と言って寄り道もせず、まっすぐ一人暮らしの部屋に帰った。部屋を片付けて荷物を避けないといけないからね。
これを機会にじいちゃんにちょくちょく遊びに来てもらって、横浜観光もさせてあげよう。好物のよだれ鶏が美味しい店を探すとするか。

離れて暮らしてはいても、家族が心の拠り所なんだと思い出させてくれる出来事だった。


ここからは余談になるが、
週明けに会社でヨロイをもらう話をしていたら、意外な人が興味を示した。予算管理部のヨシミさんだ。会話中の俺たちを横切るときに話が聞こえたらしく
「ヨロイが寄越されたら見に行きたいです!」とぐいぐい迫られた。

仕事上あまり接点はないが、ヨシミさんは有名なのでよく知っていた。フワフワした髪と愛くるしい顔立ちで妖精のような風貌だが、欲張りや自分勝手な人が大嫌いで容赦なく相手を糾弾する性格とのギャップがすごく、目立つ存在なのだ。
米倉涼子さん演じる女医さんのように腕組みしてキリリと立ち、弱きを助け強気をくじく様は非常にかっこよいらしい(俺は見たことはない)。

そのヨシミさんが俺の家に?

話半分だろうと適当に返事をしたのだが、それ以来ヨシミさんに呼び止められては「まだ?」と聞かれるようになった。

近くで話すようになって、ヨシミさんは俺の好きな芳根京子さんに似ていることに気づいた。
名前を呼ばれると心臓がバクバクするようになった。
勘違いしないように、余計な妄想はしないようにと必死だった。

「ヨロイが来る前の部屋の掃除、手伝いに行こうか?」と提案されたときは、持っていた書類を全部床に落としてしまった。

一緒に拾ってくれて、俺に書類を差し出す妖精が
「私が興味があるのはヨロイだけじゃないよ?」と言って微笑む。

恋の予感だと思ってもいいのか?!!!


俺の頭の中に、昔参列した兄さんとヨシコ姉さんの挙式風景が浮かんできたと思ったら、主役の二人の顔が俺とヨシミさんに変わっている。
ドギマギしていると、参列しているじいちゃんが俺のほうを向いてニヤリと笑った。

ChatGPTで作成

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