鳥取旅行をするなら智頭町はいかが?② ―美味しい・美しい・あたたかいにあふれた町での3泊4日の旅の記録―
こちらの記事は連載です。
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2日目のこと
智頭の歴史に触れ、タルマーリーでランチを堪能
2日目は、智頭の野菜(前日の収穫体験でとってきたもの)を使った朝ごはんを名和さんたちが作ってくださったのでありがたく頂いてから出発した。この日は一日レンタカーでの移動になる。
まず向かったのは石谷家住宅という、江戸時代から商人をやっていた石谷家の大豪邸である。国指定重要文化財にもなっており、智頭に来たら一度は見に行きたい歴史建造物だ。
今回はボランティアガイドさんにも同行してもらい、たっぷりと石谷家住宅の魅力を紹介していただいた。大きな梁、お客様をもてなすためのつくり、扉や壁の装飾など、おそらく一人で訪ねていたら見逃してしまう、というか気にも留めないようなことまで細かく教えていただき、帰る頃には立派な石谷家住宅マイスターになれた気がした。(今はもう、よかったなあという気持ちしか思い出せないけれど)
石谷家住宅を後にし、次は徒歩ですぐのところにある西川克己映画記念館に案内していただいた。石谷家住宅を案内してくださったガイドさんが実はこの記念館の館長だったということで、直々に館内を案内していただくことができる貴重な機会となった。
大学時代に映画史も少し勉強していた私だったが、西川克己監督の映画については何も知らなかった。けれど、館内にはたくさんの俳優さんの写真やサイン、映画のポスターが展示されており、視覚的にも楽しめる場所であった。中でも印象的だったのは大きな映写機である。以前智頭にあった映画館が取り壊しになるというときに譲ってもらった代物だそうで、間近で映写機を見る機会なんてなかなかないので、良いものを見れたなあとしみじみしてしまった。
その後は梶屋という酒屋さんに寄り道して諏訪泉の試飲や、鳥取県産二十世紀梨をつかったサイダーを飲み、ガイドさん(館長さん)と別れ、歩いてタルマーリーに移動し昼食をとった。
念願のタルマーリー。私のこの鳥取旅行での自分的メインイベントである。
日光がきれいに入ってくる、天井の高い店内。趣のある薪ストーブが店の奥にあり、焼きたてのパンや美味しそうなお料理の香りが漂う…そんな素敵な空間で、私たちは智頭の野菜を使ったピザやハンバーガー、おいしいスープを頂きながら和やかにランチタイムを過ごすことができた。
私が特に美味しさに驚いたのは「イノシシ肉のハンバーガー」だった。小さい頃に一度猪肉を食べたことがあるのだが、その時の経験から苦手意識をずっと持ちながら大人になってしまっていた私。この日までずっと食べる機会もなく、また食べたいとも思っていなかったのだが、今回のランチでみんなでいろいろなメニューをシェアすることになり、久々に猪肉を頂く機会がやってきたのである。
大人になったし、意外と食べられるようになっているかも…?と思いながら食べてみると、肉の臭みが全くなく、それでいて肉汁がタルマーリーの天然酵母でできたバンズに染み込んでいていて、その美味しさに私は本当に驚いてしまった。
食材の味を引き立たせる、タルマーリーにしか作れない、タルマーリーのパンも本当に美味しかった。ふっと鼻に抜ける酵母と小麦の香りは、今までかいだどんな香りよりもいい気がした。
タルマーリーのカフェでは、カフェメニューのほかにもすぐ近くの工房で作られたパンもイートインできるので、ぜひ足を運んでもらいたい。
人生初めての「窯元で焼物を買う」という経験
次に私たちが向かったのは牛ノ戸焼の窯元だ。こちらは実は智頭町ではなく、河原町というところの焼物なのだが、名和さんやトモコさんをはじめ智頭町メンバーや旅メンバーが大好きな焼物だということで今回訪ねることになった。
私はかの有名な有田焼や伊万里焼の陶器市なども開催される佐賀県の出身である。しかし、焼物には疎い。でも私自身料理をすることは好きで、また、私の好きなインスタグラマーさんが器好きということもあり、興味をもってはいた。そこで私は、今回ひそかに牛ノ戸焼の窯元で1点必ず焼物を買おう、と心に決めていた。
私たちが窯元を訪ねた時はちょうどだれもお客さんがおらず、ゆっくりと焼物をみることができた。
牛ノ戸焼の特徴はなんといっても染め分けだ。この染め分けに魅了された人々が、世界にはたくさんいるのだという。
私も類にもれずその染め分けに魅了され、窯元で最後までどれを買おうかと悩んだ。緑と黒の染め分けがされている使いやすそうな大きさのお皿も、ソーサー付きの茶色と白のコーヒーカップも、どれも素敵で何度も見比べ手に取り、自分が使っている姿を想像した。
そうやって悩みに悩んだ末、私は白と黒の染め分けがされたマグカップを購入した。
はじめてのおつかいならぬ、はじめての窯元での焼物購入。もう30歳になったというのに、なんだかまた一つ大人の階段をのぼった気持ちになって、私は大事にマグカップをバッグにしまった。
大塚刃物鍛治で一年待ちの包丁を購入
牛ノ戸焼を無事購入し、智頭町に戻ってきた私たち。次は名和さんがとても大切にしているという包丁の研ぎ直しをお願いしに「大塚刃物鍛治」に向かった。
智頭町イチなのではないかというほどの実力と技をもつ大塚さんは、お会いするととっても笑顔が素敵な方で、私はほっとしてしまった。というのも、訪ねる前に大塚さんがどんな人かを聞いており、職人気質で頑固な怖いおじいさんを想像していたからである。前情報で「刃物を作るために肩を手術した」だの「最近は指にボルトを入れて作業をしやすくした」などといった話を聞けば、私でなくても少し身構えるだろう。しかもそれが噂ではなく本当のことだという。
実際にお会いして色々と話を聞くと、本当にすごい方なのだということを実感した。
「今回の旅を忘れた一年後にこの包丁が届くと、ああ、あの時鳥取に行ってよかったなあと思い出せるから、とてもいい経験になるよ」
と名和さんが後押ししてくださったこと、そして、牛ノ戸焼購入の成功体験と今回の出会いの希少性も相まって、私は大塚さんに万能包丁を作ってもらうことに決めた。
大塚刃物すべての工程を大塚さん一人が担っているため、生産数には限りがある。それでも大塚刃物が欲しいという人と企業からの依頼が殺到しており、現在はオーダーから完成まで1年かかる。企業のような大きいところからの依頼だともっと時間がかかることもあるらしい。
大塚刃物はたまに百貨店などで高級品として売られていることもあるらしく、そこで手に入れてももちろん良いのだが、大塚さんのもとに足を運ぶとフルオーダーの唯一無二の包丁をつくってもらうことができる。自分の持ち方や切り方の癖、どんなものを切りたいのか、どんなデザインがよいかを話してイメージをつくりあげていくのだが、大塚さんのフルオーダー包丁へのこだわりはここでは終わらない。
私が最も驚いたのは最後の握手である。これはお買い上げいただきありがとうございます、の握手ではない。
包丁のイメージが大体出来上がった最後、大塚さんが手を差し出しながら、最後に握手を…と促される。そしてその手を握って、大塚さんに言われるまま強く握り返すと、「わかりました」という声が返ってきた。
大塚さんは最後の握手によって、その人の手のどこにどう力が入っているのかを見極めて、柄や刃の仕上げの参考にしているのだそうだ。この「わかりました」という言葉に、職人としての逞しさ、間違いなく立派な包丁を作るんだという覚悟や意気込みを感じ、あまりの格好良さに惚れ惚れとしてしまった。
この日のちょうど一年後に、今回オーダーした包丁が届く。そのことが頭の片隅にあることは、私の今後の一年間に花を添えてくれている気がして楽しみでたまらない。
念願のタルマーリー、そして初めての窯元訪問、焼物購入、大塚さんという素晴らしい職人さんとの出会い、初めてのフルオーダーの包丁…その他にも自分の知らない美しい景色や知らなかった歴史について知り、たった一日の間に人生何年分?と思えるような経験をした2日目となった。
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