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贈与によってコミュニティの構造が規定される!東大の最新研究をチェック

人類の歴史において、贈与は単なる好意の表現以上の役割を果たしてきました。私たちは何かを贈るときや贈られたときに、物質的な価値や一時的な感情を超えた、その後の関係性にまつわるやり取りをしているのです。

そのことを数理モデル化して計算機シミュレーションによって分析した研究が発表され、話題となりました。

この東京大学の最新の研究によると、贈与の習慣が社会構造の形成に深く関わっているという、興味深い発見がありました。すでに社会学や文化人類学の領域では贈与についてさまざまな分析がなされてきたようですが、それが数理モデルによって再現できたのが面白いポイントです。

私たちは日常的に贈り物をしますが、そういったミクロな行為が社会全体というマクロにどのような影響を与えているかを考えることは少ないでしょう。ですが、この研究はそういった贈り物のやり取りが、コミュニティ内での地位や影響力を決める重要な要素となっていることを明らかにしています。さらに、贈与の頻度や規模が社会の組織化や階層化にといった構造も規定しているというのです。

バンド社会(親族関係に基づいて組織された小規模な集団)から王国に至るまで、人類の社会構造の進化を贈与の観点から解明した本研究は、文化人類学と統計物理学を融合させた革新的なアプローチを用いています。この新しい視点は私たちの社会や文化に対する理解を深める可能性がある。それが話題を呼んでいる理由の1つでしょう。

この記事では、この論文を元に贈与の「見えざる力」がどのようにして私たちの社会構造を形作り、発展させていくのかを見ていきます。私たちはどのようにそれに関わっているのでしょうか。日々のちょっとした贈り物のやりとりが集積していくことで社会全体にどんな影響を与えているのか考えてみましょう。




贈与が社会を形作るメカニズム

私たちの日常に溢れる贈り物のやりとり。誕生日プレゼントや季節の贈り物、お土産など、一見すると単なる好意の表現や習慣的な行為に思えるこれらの贈与ですが、実はその背後に深い社会的な意味が隠されています。先述の研究が明らかにしたように、この何気ない行為が私たちの社会を根本から形作る重要な要素となっているのです。

贈与には、物質的な価値を遥かに超える意味が込められています。それは感謝や友情を表現するだけでなく、人々の絆を強め、社会的な関係性を構築・維持する役割を果たしています。例えば職場での手土産は単なる菓子折りではなく、良好な人間関係を築くための「投資」とも言えるでしょう。また、冠婚葬祭での贈答品は社会的なつながりを確認し強化する、儀式的な意味合いを持っています。

このような贈与の社会的・文化的な役割は、古くから文化人類学者たちによって研究されてきました。特に、フランスの社会学者マルセル・モースは、贈与が「与える義務」「受け取る義務」「お返しする義務」という三つの義務によって成り立っていると指摘し、これが社会の結束を生み出すと論じています。

マルセル・モース 著 『贈与論』

しかし、東京大学の研究チームによる最新の研究は、この古典的な理論をさらに一歩進めました。彼らは贈与の相互作用を数理モデル化し、計算機シミュレーションによって分析するという革新的なアプローチを取ったのです。

その結果判明したのは、贈与の頻度や金利が社会構造の形成に深く関わっているという事実です。具体的には、贈与の相互作用が活発になるほど、社会は階層化し、複雑な構造を持つようになるのです。例えば、贈与の頻度と金利が低い段階では血縁関係に基づくバンド社会が形成されますが、贈与が活発化するにつれて、部族社会、首長制社会、そして最終的には王国へと進化していくことが示されました。

バンド社会:経済的・社会的不平等がない社会
部族社会:経済的不平等はあるものの、社会的不平等がない社会
首長制社会:経済的・社会的不平等が存在する社会
王国:経済的不平等が存在し、君主以外の社会的不平等はあまりない社会

シミュレーション結果の模式図
出典:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室

適切な返礼の利率rと贈与の頻度lが増大すると、まず経済的な格差が生まれ、ついで社会的な格差が生まれる。そしてついには、圧倒的に富裕な「王」が出現するとともに、民衆の社会的格差が縮小する。これらの格差の変化は、社会構造がバンドから部族、首長制社会、そして王国へと遷移することに対応する。

出典:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室

特に興味深いのは、贈与がコミュニティ内での権力や地位の争いにも関与しているという点です。ある人が多くの贈り物をすることで、その人は名声を高め、相手にお返しの義務を課すことになります。これにより、社会的な関係は単なるフラットなものではなく、贈与の頻度や規模によって徐々に差異が生まれ、次第に階層が形成されていくのです。これこそが、贈与の「見えざる力」であり、私たちの社会を形作るメカニズムの核心部分なのです。

この発見は、私たちの日常的な贈り物のやりとりが、実は社会全体の構造を形作る重要な要素となっていることを示唆しています。つまり、一見個人的に見える行為が、実は社会全体に大きな影響を与えているのです。


4つの社会構造の形成

ここからは先ほどの4つの社会構造の形成に贈与の頻度と金利がどのように影響するのか見ていきます。東京大学の研究チームが行った計算機シミュレーションによると、贈与の頻度(l)と金利(r)という2つのパラメータの積(rl)が、社会構造の変化を決定づける重要な要因となっています。

贈与の頻度(l):一個人の生涯における贈与の回数。例として、結婚の際の贈与の機会は家族の人数に比例し、1〜10のオーダーであるとされています。一方、儀式における家畜や宝石の贈与は、はるかに高い頻度で行われます。
金利(r):贈与に対する返礼時の倍率。贈与を受けた者は、受け取った贈与に対して (1 + r) 倍の額を返礼する義務を負います。

バンド社会(rl < 0.25):血縁関係に基づく小規模集団

最も原始的な社会形態であるバンド社会では、贈与の頻度も金利も低い状態にあります。この段階では経済的な格差も社会的な格差もほとんど存在しません。富の分配は比較的均等で、社会的地位の差も小さいのが特徴です。シミュレーションでは、富と社会的評判のスコアの分布が共に偏りの少ない指数分布を示し、大きな格差が生まれにくいことが明らかになりました。

部族社会(0.25 < rl < 1.0):同胞意識による連帯

rlの値が0.25を超えると、社会は部族社会へと移行します。この段階では、富の分布が偏りの大きなべき乗則に従うようになり、経済的な格差が生まれ始めます。しかし、社会的評判のスコアの分布はまだ偏りの小さな指数分布を保っており、社会的な階層化は顕著ではありません。つまり、経済的な不平等は存在するものの、社会的な不平等はまだ顕在化していない状態と言えるでしょう。

首長制社会(1.0 < rl < 3000):社会階層分化の進行

rlの値が1.0を超えると、社会は首長制社会へと進化します。この段階では、富の分布だけでなく、社会的評判のスコアの分布も偏りの大きなべき乗則に従うようになります。つまり、経済的な格差と社会的な格差が共に拡大し、社会の階層化が進むのです。一部の個人が富と社会的地位を独占し、社会の上層部を形成し始めます。

王国(rl > 3000):安定的な王室の出現

最終的に、rlの値が3000を超えると社会は王国へと移行します。この段階では、富の分布は依然として偏りの大きなべき乗則に従いますが、社会的評判のスコアの分布は興味深い変化を見せます。大多数の人々の社会的評判のスコアは再び偏りの小さな指数分布に戻りますが、一人だけ突出して高いスコアを持つ「王」が出現します。これは、極端な経済的格差が存在する中で、一人の絶対的な権力者が社会を支配する構造を表しています。

注目すべきは、rlという単一のパラメータで社会構造の変化を説明できる点です。これは、異なる社会や時代における構造の違いを、贈与という普遍的な行為を通じて比較・分析できる可能性を示唆しています。

この研究は、人類学や考古学など、これまで別々に議論されてきた分野を橋渡しするかもしれません。例えば、考古学的な発掘調査で見つかる贈与の痕跡(豪華な副葬品など)から、当時の社会構造を推測することもできるようになるでしょう。

さらに、この研究は現代社会の分析にも応用できる可能性があります。例えば、企業内や地域コミュニティにおける贈与の習慣と、そこでの階層構造の関係を分析するなど、幅広い応用が考えられます。

このように、東京大学の研究チームが提示した贈与と社会構造の関係性は、人間社会の普遍的な性質を理解する上で重要な視点を提供しています。今後、この理論をさらに発展させ、より複雑な社会現象の解明につながるかもしれませんね。


現代社会における贈与の役割

研究で示されたように、贈与は人類の社会構造形成に深く関わってきました。しかし、現代社会においても贈与の重要性は決して失われていません。むしろ、その形態を変えながら、ビジネスや新たなコミュニティの中で重要な役割を果たし続けています。

例えば企業が提供する無料サービスや期間限定のキャンペーンは、現代における贈与の一形態と捉えることができます。これらは、顧客との関係性を構築し、長期的な信頼を獲得するための贈与です。また、ビジネスパートナー間で契約の前後に交わされるプレゼントは、相手に対する敬意や信頼を表す重要なメッセージとなり、長期的な協力関係の構築に寄与します。もしかしたら、企業内部における従業員間の知識共有や上司が部下に与える機会や権限なども、広い意味での贈与と考えられるかもしれません。

これらの「贈与」が、組織内の信頼関係や階層構造の形成に影響を与えているはずです。今回の研究で利用したモデルを応用すれば、企業内の贈与の「頻度」と「金利」(見返りの期待度)が組織構造にどのような影響を与えるか分析できるかもしれません。

他方、現代の特徴的な現象としてオンラインコミュニティ内での信頼関係構築における贈与の役割が挙げられます。物理的な贈与が難しいオンライン空間では、情報や知識、時には感情的サポートの提供が贈与の形を取ります。例えば、ある商品の使いこなしのシェアや、SNS上での「いいね」の交換なども、広義の贈与と捉えることができるでしょう。

これらのオンライン上の贈与も、コミュニティ内での地位や信頼関係の形成に大きな影響を与えています。頻繁に有益な情報を提供する人や多くの「いいね」を獲得する人が、コミュニティ内で高い評価を得る傾向にあります。この「無償の贈与」の文化は、オンラインコミュニティをより強固にし、互いに支え合う風土を作り出しています。

今後の技術発展により、贈与の形態はさらに多様化していくでしょう。ブロックチェーン技術を活用した新たな贈与システムの構築や、VR空間での感情や体験の贈与など、革新的なアイデアが生まれる可能性があります。

しかし、その本質である「他者への思いやり」や「互恵性」は変わらないでしょう。贈与は過去から現在、そして未来へと続く人類の重要な文化的営みであり、社会構造を形成する基本的な要素の一つだと言えます。今回の東京大学の研究が示すように、贈与のメカニズムを理解することは私たちの社会をより深く理解することにつながるでしょう。



研究について詳細が気になる方や、コミューンコミュニティラボとの共同研究にご興味のある方は以下のサイトからお気軽にお問い合わせください!



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黒田悠介@ Commune Community Lab 所長
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