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『塔』2022年1月号(2)

人生は恐ろしくはやい急がねばジャズアドリブはコピーのまま死ぬ 小川節三 初句二句は実感。三句が上下どちらにも繋がっている。急いで自分のオリジナルを作り上げなければ、即興のはずのジャズのアドリブもコピーのまま終わってしまう。楽器を演奏する方だろうか?魅力的な喩だ。

夕風に金木犀の香を見つけまだ壊れきっていないよ私 保坂真寿美 仕事でとても疲れて帰宅中なのだろう。ふと風に乗る金木犀の香りに気づいた。ぼろぼろになって壊れきったような気分だったけど、この香りを吸い込む余裕がある内はまだ大丈夫。結句で自分に語りかけている。

「(死ぬ前に)あと二、三度は会いたいね」無理と思(も)いつつ「そうね」と返す 姉崎雅子 発話された会話と心の中の声が並列で詠われている。相手の心の中の声まで読んでいる。相手が死ぬ前にはもう会えないと主体は思っている。どんな関係性なのか。不思議と非情な感じはしない。

巻く傘の螺旋を好きだ できるならその突端で愛してほしい 君村類  最初に(君が)が省略されているのだろう。螺旋「を」なので少しねじれた柔らかい印象がある。下句は対照的に「突端」という言葉が強い。突端で愛するとは?激しくか、直接は触れずにか。全体に屈託を感じる一首だ。

言うことと言わないことの火をのどに閉じ込めて行き過ぎる朝顔 山尾閑  火をのどに閉じ込めるのも、朝顔を行き過ぎるのも主体と取った。初句二句の対句性、火を喉に閉じ込めるという比喩、どちらも魅力的。白くほっそりした朝顔ののどと、主体の苦しみに満ちたのどとの対比も抜群だ。

かなしみの似ている人の編むうたを読みすすむのが怖くてならぬ 長澤ゆり子  自分と同じの悲しみを持つ人の歌を読み進めるのが怖い。分かり過ぎ、感情移入し過ぎて苦しくなってしまうだろう。あるいは悲しみを追体験してしまうかも知れない。それが短歌を読む醍醐味でもあるのだが。

夕やけが葉の秋をつくる何にでも謝る人の平らかな影 永野千尋  夕焼けで葉が赤く染まる。まるで秋になったかのように。それを見ながら何にでも謝る人の影を思い出す。「平らかな」は心が動いていないことの喩だろう。ペコペコ謝って見せながら、内心はさほど何も思っていないのだ。

テロップは緊急ニュースに用ふべしメダルの数など不要不急ぞ 王藤内雅子 あれほど不要不急の行動は控えて、と言っていたのに、オリンピックになるとはしゃいでメダルの数をテロップに流す。選手の努力は尊いが、それを第三者がメダルの数に換算して喜ぶのはコロナ下で無くても妙だ。

コロナ対策も墾田永年私財法も日本の今昔お願いベース 今井裕幸 この対比は面白い。墾田永年私財法って日本史の授業で名前だけ覚えた。それが「お願いベース」で書かれているというので思わず、へーっとなる。昔のものごとを現代の目で見ることは、発想の転換のいい練習になるな。

大引幾子「月集評」電線を覆い巻き行く蔓草の緑が濃すぎて空が見えない 川本千栄 〈電線に絡みつきぐんぐん生長していく蔓草の生命力の圧倒的なすさまじさに、絡みつかれた側は息もできずもがくのみ。〉尊敬する先輩歌人に歌を評していただきました。それも2首!ありがとうございます!

2022.3.1.~2.Twitterより編集再掲