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〔公開記事〕「第一歌集のウチとソト」

『うた新聞』2021年12月号特集「ミニ・年間時評   現代短歌2021この1年を振り返る」より

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 二〇二一年、多くの第一歌集が出版された。印象に残ったものを挙げる。
3Ⅼのズボンの裾をまるめ上げマタニティー用作業着とする
内線に「今は現場」とモーターの音にかぶせて叫んで返す
 奥村知世『工場』は題名の通り工場での労働を詠った歌を収める。作業着を着て、ヘルメットを被り、安全靴を履いて働く。家庭では二人の子の母だ。その歌の視線の真っ直ぐさ、冷静さに驚く。物を描写し、物に語らせる手腕が見事だ。机上の論では無いフェミニズムが全篇を貫く。「現場」は今後の短歌の一つのキーワードになるだろう。
ケージの隅でかたまりて寝るマウスたち桜の花弁のごとき耳もつ
 北辻一展『無限遠点』
は研究者としての歌で始まる。マウスを使った実験を淡々と続ける姿勢と、マウスの耳を桜の花弁に喩える詩的感性が同居する。終盤は医師としての出発を描く。具体の強さが魅力だ。
やはらかな毛布にふたり子を溶かしわたしも溶ける 報はれたいな
 山木礼子『太陽の横』
に描かれるのは働く母だ。役割と、自らの存在の根が一致しない苦しさが詠われる。母の枠に嵌め殺される「わたし」。「報はれたいな」は誰も言わなかった本音を抉り出した言葉だ。
淵をゆく白鯉のよう傘越しにのぼるエレベーターの明かりは
 西藤定『蓮池譜』
は知的に世界を把握し、明晰で正確な描写で時代を活写する。祖父を中心に詠った家族の歌の一連も印象的だった。
上手く行かないことをわずかに望みつつ後任に告ぐ引継ぎ事項
 竹中優子『輪をつくる』
は人間の嫌な面を仮借無く描く。細かい心理の襞に分け入り、一切のきれいごとを排して詠う姿に清々しさを感じる。
 さらに、立花開『ひかりを渡る舟』、工藤玲音『水中で口笛』、野田かおり『風を待つ日の』、西巻真『ダスビダーニャ』、笹川諒『水の聖歌隊』、平岡直子『みじかい髪も長い髪も炎』、橋爪志保『地上絵』を挙げておきたい。
 さてこれら十二冊の歌集をもとに、少しソトの、つまり外観の話をしたい。
 十二冊の内、ハードカバー、ソフトカバーがそれぞれ六冊ずつ。A5判の大きさの本は一冊も無い。ほとんど四六判かそれ以下だ。一番小さいもので新書版より一回り大きいサイズだ。厚みも一センチ前後のものが多い。これは今年だけの、第一歌集だけの傾向ではないが、歌集はどんどん小さく薄く軽く柔らかくなっている。書肆侃侃房、左右社など新規参入の出版社だけでなく、角川書店や短歌研究社などのいわゆる老舗の出す歌集もその傾向にある。出版社の売る意欲が一番関係があるのだろうが、手に馴染みやすいこれらの本は「書店で売られている」印象がある。歌集の寄贈と販売の関係は、こうした外観の変化とともに、どのように変わっていくのか、今後も見ていきたい。

『うた新聞』2021.12. 公開記事