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河野裕子『桜森』7

陽のひかりしんしんきらり 髪先の繊き痛みは汝が胸に梳く 日の光の中で髪を梳いている。髪の先が細くなって少し傷んだようになっている。髪の傷みを心の痛みのように感じそれをあなたの胸に流し込んでいると取った。風景としては髪を梳いているだけ。オノマトペが心境と合う。

かなかなの千の旋律ひとつこゑに研がれて天の昏らみに聴こゆ 何千というかなかなの鳴き声が一つの声のように集約されていく。それを「研がれて」と表現することによって声が天を切り裂くような印象を与える。空はきっと明るいのだが、主体の心に暗さがあり、そこに声が響くのだ。

草いきれちぎり飛ばして駆けながらわれはわれを呼びかへしをり 草いきれは夏草から立ち昇る熱気のようなものだから、ちぎり飛ばすことはできない。草を掻き分けながら走っていることの喩だろう。下句に惹かれる。自分を呼び、呼び返す。真夏の草の中で自分の存在を確認する。

一人(いちにん)の男に及かず抱き刈る夏草猛くむれて匂へど 二句切れ。三句は連体形として四句の夏草にかかる。上から読めば男を抱くようにも読める。そう読めるように語順を配置しているのだろう。抱き寄せるようにして刈る夏草。猛々しくむれるような匂いにリアリティがある。

2021.7.3.    8.7Twitterより編集再掲