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『塔』2020年7月号(1)
①きゅっこきゅっこ歯のむずがゆさにたえかねて吾子はうさぎの耳噛んでおり 魚谷真梨子 うさぎはシリコン製かゴム製、ほどよい硬さなのだろう。きゅっこきゅっこというオノマトペが可愛い。「たえかねて」なのだが、噛んでいる時はご機嫌なのだ。
私の母が初めての海外旅行で買った、大切なブランド物の財布を、同時期の姪が噛んでいた。他の安価な財布を与えてもポィッと捨てて、必ずその上等の財布を所望したものだった。最後の方はすごい歯型がついていた。
②小林信也「わく」八角堂便り〈訓読みとはつくづくうまいやり方を考えたものだと思う。漢語での把握と、和語での把握を同時に行うことができる。〉「沸く」と「湧く」の違いから河野裕子の短歌を読みとく。たしかに!!と言いたくなる読みだ。「塔」HPのブログでも取り上げられている。
③吉川宏志『青蝉通信』〈現在の歌会なら逆に、作品と「生き方」は切り離して論じたいと思う若者が多いのではないか。時代によって、批評の理想像は変化するのだ。〉昭和二十九年の『短歌』の座談会を読んでの文。批評の理想像に揺り戻しがあるということだ。かなり興味深い分析だと思う。
④水たまりふたりの前にあらわれてみぎとひだりに避(よ)けてそのまま 中田明子 とても静かで孤独な一連。 この歌で百人一首の「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院」を思い出した。崇徳院の歌とは真逆だけど、具体では無く、喩の歌というところは共通。
⑤特例でできないのかと訊かれたりくりかえしくりかえしできませんと言う 垣野俊一郎 自分だけ特例にしてくれって言う人、本当にいるよね、と思ったり、役所の仕事って事情を理解してくれないよね、と思ったり。どちらの側にも立った覚えがある。一連全体で現代の社会を写し取っている。
⑥硬い芽のひとつひとつがもつ疼きかかえて締まる冬の桜よ/土のなか朝顔の芽は白くありみな屈まりて生まれしこの世 魚谷真梨子 妊娠を詠った一連。特にこの二首に惹かれた。植物の芽吹きから生命の原初に迫っている。個人の妊娠ということを越えた、普遍性を持つ歌になっていると思う。
⑦てのひらに氷が溶けるまでを見る どこかへ行けばどこかがここだ 椛沢知世 てのひらの上の氷が溶けていくまでの時間、作者はどこかへ行きたいという思いをぐるぐる頭の中に巡らせていたのだろう。しかしどこかへ行ってもそこが今いる場所になるだけと考える。上句下句の付き方が絶妙。
⑧「塔新人賞選評」妙にくどいな、と思ったら座談会ではなく選評だった。(そう書いてあるやん>自分!)オンライン会議による最終選考の部分が読みたかった。これは「塔短歌会賞選評」も同じ。
2020.7.22.~25.Twitter より編集再掲