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『塔』2021年5月号(4)

悲しさはここが終点と言ってよあとはどうにか歩いていくから 松岡美佳 悲しさは果てが無いように思えるから余計辛い。ここが最大限だ、これ以上は無い、とどこかで言って欲しい。そうすれば後は何とかやっていく。ただ終点と言うのが、その悲しさを与えた人だとするとやり切れない。

あらそいのない平和な国をと呟けり大河ドラマの主人公みな 青海ふゆ それは現代人の願望であって、大河ドラマの舞台になった時代にそんな観念があったかどうかは疑問。主体は、感情移入しているのか、懐疑的なのか。どちらとも取れる。

砂に、つぎつぎ砂になってゆく言葉たち唇(くち)をはなれてすなに 中田明子 初句三音の大胆さ。「、」で二音分溜めてから読む。話しても話しても届かない不全感。言葉が口からこぼれて、虚しく砂になってゆく。それでも話さずにいられないし、砂になる言葉を見つめずにいられない。

煙草吸う祖母の座卓に灰皿と並べてありし『オール讀物』竹垣なほ志 「昭和」感がすごい。道具立ては全て整っているが、その時代を知らない人にはさっぱり情景が描けないだろう。ある種、俗っぽい、どこにも保存されずに消えてしまうタイプの風景だ。でもそこにこそ、人は棲んでいた。

ほんもののことばが欲しと思(も)ふゆふべ空の冬鳥こゑのみのこす 𠮷田京子 「ほんもののことば」なんてあるのだろうか。発した途端、言葉は全て本物で無くなるようにも思う。声のみで、姿は見せずに去った鳥。人間にとって意味を成さない音声が、むしろ本物の言葉なのかもしれない。

そうやって忘れていくんだなあ海を初雪をブリキ細工の日々を 奥川宏樹 海・初雪・ブリキ細工の日々は、新鮮な気持ち、不器用で一生懸命な暮らしを表していると取った。それらを毎日の生活に追われて忘れていく。日々の断片を切り取ったような一連の中の一首。

2021.6.18.~22.Twitterより編集再掲