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『塔』2021年5月号(5)

テーブルに斜めに伸びる水の影この世のみづは光をはじく 岡部かずみ コップの影が中に入った水と共にテーブルに斜めに伸びている。水が光を弾くので影ができるという把握だ。それだけだと理に落ちてしまいそうだが、「この世の」の一言で儚さが加わり、一首の味わいが増す。

なま温き日を降り初めし春の雨なじみの菓子屋がらんどうなり 阿蘇礼子 菓子屋は廃業してしまったのか。もしかしてコロナ禍で。「なま温き」「なじみの」で「な」が呼応し、「日」「降り」「春」のハ行音が心地よく、「菓子屋」「がらんどう」の「カ・ガ」の重なり。音に惹かれた。

春キャベツ子供が丸めた折り紙のようでやさしく抱えて帰る 工藤真子 通年出ている、巻きのしっかりしたキャベツと違って、春キャベツはふわふわくしゃくしゃしている。それを子供が丸めた折り紙に喩えるのが心優しい。そしてそれを優しく抱えて帰る主体。心がほっとする歌。

入院の友への見舞の絵はがきは二人で行きしアビニョンの橋 小平厚子 南仏アビニョン。一時教皇庁が置かれたことや童謡で有名な街だ。海外旅行好きでも初心者はあまり行かない街だと思う。風光明媚で実に魅力的な街だ。そこへ友と訪れた時に自分の記念用に絵はがきを買ったのだろう。

 今、入院した友へ、その時のことを思い出してもらい、また一緒に旅行に行こうよ、という気持ちを込めてお見舞いの絵はがきを出したのだろう。「橋の上で踊るよ踊るよ橋の上で輪になって踊る~」陽気なメロディに、却って友の病が重いのでは無いかと心を突かれる。

㉖「実は読んでいなかった…」『子午線の繭』暗道のわれの歩みにまつはれる螢ありわれはいかなる河か 前登志夫:山川仁帆〈「われはいかなる河か」に象徴されるように、一人の人間と自然が分かち難く息づいている。前は、自然に根を下ろしつつ、逆噴射のように「われ」を揺さぶっているのではないだろうか。〉前登志夫の「われ」を丁寧に掘り下げた評。この字数でこれだけ前登志夫に近づくのはすごいな。挙げた以外の歌の読みも新鮮だった。

2021.6.23.~24.Twitterより編集再掲