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『塔』2021年6月号(2)

やるからには徹底的に戦ふぞそれは二十代まで 淡雪の降る 大木恵理子 理不尽な環境に対し、抗議したい。やるからには徹底的に戦う。威勢のよい上句に水を差すような四句。自分にはもうできないのだ。一字空けの結句が「淡雪」で無力感と諦念を表現する。

風折れの水仙にふる雨しづか永遠なんてないと知つてた 澄田広枝 景+心情が上手く機能している歌。儚い風折れの水仙、そこに降る静かな雨。それらの美しく寂しい情景が下句のつぶやきを引き出す。無いと知ってたけれど、これが永遠であってほしいと思う瞬間があったのだろう。

壺という字の中に壺ありて水を湛えた古の人 石井久美子 確かに壺という字の中には壺の形がある。形象文字と思っていいのかな。この歌の特徴はその発見だけでなく、字の中の壺に水を汲んだ古代の人の姿を想像したところだ。青木繁「わだつみのいろこの宮」の絵が私の頭には浮かんだ。

丸められていたこと忘れられなくて戻ろうとする海老反りの紙 王生令子 丸められるのは紙にとって不自然な形。しかし紙はその形に戻ろうとするのだ。ちょうど、虐げられてきた立場から自由になったはずの人が、元の虐げられる環境に戻ろうとするように。「海老反り」が苦痛を表す。

満開の白梅(しらうめ)の蔭椅子に座し生きるは楽しと弁当開く 西村美智子 一連で読むと、作中主体がケア施設で梅を見ていることが分かる。弁当は施設で配られたものだろう。花の下で弁当の蓋を開ける時「生きるは楽し」という感慨が浮かぶ。心からの言葉だからこそ読者の胸に迫る。

爪先に爪先がふれるカフェオレの冷めゆくまでを向き合いおれば 真栄城玄太 足指の爪先と取った。ふとした拍子に、テーブルの下で足の先同士が触れる。注文したカフェオレを飲むのを忘れるぐらい、共に過ごす時間を大切に味わっている。話していてもいなくてもいい、二人の時間。

水草が川面を覆う 忘れなさいあの日あふれた言葉のことは 田村穂隆 水草=言葉、川面=心という比喩と、水草=時間、川面=記憶という比喩の二つが考えられるが、後者と思う。あるいは比喩が二重になっているのかも。自分への「忘れなさい」という命令形が悲しい。

2021.7.24.~26.Twitterより編集再掲