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『塔』2021年6月号(4)

レモンピールその作り方を聞きながら海風を背に山道をゆく 池田行謙 とても爽やかな雰囲気のある歌。海に近い山道、海からの風が感じられる場所設定が涼し気。レモンピールというちょっとおしゃれで生活実感の薄い食べ物の話をしながらその道を歩く。初句で歌の印象が決まった。

いまここで突然向きを変へたなら 暗がりに輝る刺身包丁 近藤真啓 刺身包丁を持って調理しながら、後ろに立つ人を意識しているのだろうか。向きを変えればその人を刺せるのにと。しかし暗がりに輝る、で使っていない包丁を離れて見ている感じもある。暗い想像を働かせているのか。

死者もまた死者の時間に覚める朝この世に春の雨降りやまず 千葉優作 この作者の作品世界にはいつも陶然とする。死者が死者の時間に覚める、どうすればこんな発想が得られるのか。自分も同じくその並行世界を感じてしまう。春の雨は、実景というより王朝和歌的な象徴のように取った。

上の子を叩いた日にも里芋の皮をむいたよあなたのために 松本志李 叩きたくて叩く親はいない。それなのについ手が出てしまう。そしてそのことに動揺し傷つく。それでも夫のために夕食を作る。つるつる滑って思い通りにならない里芋。夫が主体の気持ちに関心を持ってくれればいいが。

虹の谷のアンよりももう年をとり自分の他の誰にもならず 岩尾美加子 虹の谷はアンの子供たちを描いた小説。赤毛のアンも年を取った。そして主体はもうアンより年上。下句の感慨が好ましい。自分探しなど不要。自分は自分以外の何者でもない。が、その自覚に至るには年月が要った。

 赤毛のアンのシリーズは『赤毛のアン』しか読んでない。でも本が傷むほど読んだ。何があそこまで小学生の私を惹きつけたのかなあ。村岡花子訳のすごく分厚い辞書サイズの本だった。

外見はいちばん外の内面だ薄汚れてる衣服を捨てる 大井亜希 上句、よくぞ言ってくれました。ふと気がつくといつも着ている服が全て薄汚れている、という時がある。自分自身が薄汚れている感じがして衣服を捨てる。あれは自分のいちばん外の内面だったんだなあ。とても納得した歌。

ニベア塗れ!塗ったらなおるささくれも割れたスマホもW不倫も 草薙 ささくれ一つ治るワケない、と思いつつも、一緒になって叫びそうだ。割れた液晶画面に、罅が入った人間関係に、白く塗り籠められるニベア。 治んないよ、何やったって、もっと醜くなるばかり。だからニベア塗れ!

 今月の一連、どれも好きだったなー。

2021.7.28.~29.Twitterより編集再掲