『短歌往来』2021年8月号
①モクレンの花朽ちやすくその下を行くとき溜息漏れくるやうな 佐藤通雅 木蓮の花は官能的だ。紫木蓮も白木蓮も。朽ちやすい、というのも肉体感がある。朽ち始めた木蓮の下を通る時、花が溜息を漏らすように思えた。おそらく主体の内部にそれと共鳴する何かがあったのだろう。
②昼ながら灯りを点けて活字追ふ老いゆくは慮外の重労働にて 佐藤通雅 下句、共感したくないけど共感(苦笑)。散文的に言うと、もっと若かった頃は何の苦も無く出来たことが、年を取ると全部大変になって来て、何をやっても重労働になってしまう。食事を取るのも疲れる、とか。
③肝心なことはどこかに隠されてそしてそれでもカタツムリ生る 佐藤通雅 上句は人間世界、下句は自然界と取った。肝心なこと、は色々な局面において存在しそうだ。隠されていることが人を追い詰める。それに関係無く自然は存在する。四句の接続詞の連続がいい。
カタツムリは自然界のいい面を言っているようにも取れない。この歌は、人間の卑小さと自然の大きさを対比しているのでは無いと思う。カタツムリにもどこか不気味さ、不穏さを感じた。今月号の佐藤の一連はとても好きな歌が多かった。
④君という君から僕は消えてゆく紫陽花を角度十五度の雨 小島涼我 様々な面を持つ君の、全ての面から僕は消えてゆく。別れの場面だろうか。君の多面性と、萼の集合体である紫陽花がイメージとして呼応する。斜めに降る雨を、角度十五度と知的に捉えたのも上句と合っている。
⑤森垣岳「石川不二子の農学の歌」ガラス器具に夕光(ゆうかげ)残り滴定のフェノールフタレインの紅なまめかし 石川不二子〈この中和滴定実験ではフェノールフタレインが「紅なまめかし」く染まってしまうと目的の量を越えてしまったことになるので、実験としては失敗である〉
普段、「写生の歌」としてあっさり読んでしまいそうな歌でも、こうやって解説されると、全然違ったように読めてくる。「実験結果として失敗」なんて、解説されないと「きれいな色になった」ぐらいの感想で終わってしまいそうだ。森垣の解説はとても分かりやすく、理系で無い者にも興味深く読めた。
⑥森垣岳「石川不二子の農学の歌」〈日進月歩の農業を学ぶ生徒の感性は一般的な生徒とは全く異なっている。おそらくそれは「科学的な視点」と「ダイレクトにいのちに触れる学び」を経験している故のことだろう。〉石川の歌だけでなく、農学生の歌も紹介している。視点が新鮮。
2021.9.4.~5.Twitterより編集再掲