河野裕子『桜森』4
われはわれを産みしならずやかの太初(はじめ)吾(あ)を生(な)せし海身裡に搖らぐ 初句二句の感慨はあり得ないことながら、とても納得できるものだ。子を産んだ後、自分も自分が産んだような錯覚を持つ。母の胎内にあった、自分を育んだ海を、自分も身の内に持つからだ。
藁のごと疲れて乾きしわが膝もこよなきものと子らは寄り来る 日々の生活に疲れて、身体も心もかさかさに乾いている気がする。まるで身体が藁になったようだ。そんな生気に欠ける自分の膝に、かけがえのないものとして子供たちが寄って来る。無条件の信頼を寄せてくれる子供たち。
炎天に墓のごとあり涸井戸は胸まで直(すぐ)立つ地の闇を抱き 涸井戸は埋められて、大人の胸ぐらいの高さになっているのだろう。その高さにまで真っ直ぐな闇を湛えている。炎天下に墓の中のようなひんやりとした闇を抱いている。それは主体の心の中の闇でもあるのだ。
2021.6.29.Twitterより編集再掲