見出し画像

『短歌往来』2021年10月号

勝者より敗者の弁を読みたしと思へど弁すら載らざる敗者 伊藤一彦 これはオリンピックのことを詠った歌だが。何にでも当てはまる。連作では次の一首で、幕末の官軍賊軍に作者の連想は至る。「判官贔屓」という言葉もあるが「勝てば官軍」もまた人間の心理を突いた言葉だ。

②田中教子「牧水と前登志夫」水底に赤岩敷ける戀ほしめば丹生川上に注ぎゆく水 前登志夫〈古典風の自然詠の中に造語の方言「戀ほしめば」(恋しく思えば)が挟まって、アララギの自然詠とは異なって見える。〉造語なのか。意識して「造った」言葉なのか、文語で詠おうとして口語から類推して無意識に造ってしまった言葉なのか。後者だとしたら、前登志夫ほどの人でも文語を使いこなすのは難しかったということになる。また、田中はこれを造語と言っているが、大抵の読者は、よほど注意しないと、造語と思わず、むしろ、こういう文語があるのだと思ってスルーしてしまうのではないか。造語の「方言」というのが分からないのだが…。方言風に造った造語ということだろうか。ニセ関西弁みたいな?

「戀ほしめば」についての宮地伸一の文章をフォロワーさんに教えてもらった。「短歌雑記帳」
https://shin-araragi.jp/zakki_bn/bn_04/zakki0411.htm
それによると近代の歌言葉としての造語だ。歌人が使うので辞書に載ってしまう場合もある。安田純生がよく指摘している「文語めかし」の一つなのだ。

③内田かつひろ「令和時代の和歌」〈わたしたちはその名のとおり、令和という現代にあえて古典的な和歌を愛好し、歌詠みなどに興じています。〉旧派的な和歌ということだろうか。旧派的な和歌を詠む人は現代にほとんどいないと先日、自分の評論に書いてしまった。失礼しました。

〈時代時代に起こった論争のタネも万葉集と古今集の優劣であったわけですし、この二つをかついでおこなわれた競争が連綿と歌をきたえてきた(…)〉特に近世からはそうだろうな。現代の短歌は子規の万葉集称揚の影響下にまだある、と思う。情報量の違いで、近代短歌ほど偏ってはいないが。

葉をかさね年を重ねて広島の木々みな同じ齢なりけり 麻乃 挙げられていた歌ではこれが好きだ。原爆でいったん焼け野原になったので、その後生えた木々の樹齢がみな同じという意だろう。これを読むと和歌と短歌はそれほど遠くないように思う。現代の和歌論、面白く読んだ。

ひとの歌解きて立ち入るひとの生 どつと心の老いるならねど 森山晴美 歌を解釈すると、他人の生の細部に立ち入るような気になる。気に入った歌の場合は、心が入り込んで、自分と作者の生を重ねてしまう。他人の生に自分の靴で入り込むような。後でどっと疲れてしまうのだ。

ここまで来たら戻れない百日紅さういふ場所にゆれてる日日だ 魚村晋太郎 ここまで来たら戻れない、そういう場所。それはどこだろう。もう取り返しのつかないところまで進んでしまった。そこには百日紅が揺れている。次々新しい花が咲くので、ずっと咲いているようにも見える。

贋物かも知れないと母が言つてゐた傷痍軍人の記憶モノクロ 魚村晋太郎 連作の背景ににはAIによる写真の着色技術がある。戦前戦中の写真を彩色するプロジェクトには強い感銘を受けた。主体はそれでも記憶をモノクロのまま心に止めようとする。母の言葉と共に残っている記憶。

 歌の話ではないが、個人的に同じ記憶がある。初詣に賑わう参道で傷痍軍人の人々が物乞いをしていた。白装束だった。私の母や祖母もこの歌の中の「母」と同様に心無い言葉を囁いていた。「兵隊さん」と言って称揚していたのはつい先日のことだったはずなのに。子供ながらその心理を奇妙に思ったものだった。

⑦萩岡良博「評論月評」『短歌研究』2021年2・3月号掲載のユキノ進「『水中翼船炎上中』という地獄めぐり」について。萩岡は概ね肯定的で〈わからないと思っていた歌がユキノの論考に拠ってしか読めなくなっていることに慄然とした〉と述べる。歌集解題の力が発揮されている。

 同時に首肯できない点も指摘している。〈歌を物語として、また語彙のもつメタファーを読み解こうとするユキノの意欲と能力にさわやかな感服を覚えると同時に、物語は小説でもできるのではないかという素朴な感想が残った。〉これには大いに同意する。ただし、ユキノの論への注文というより、穂村の歌集について言っているのだろう。〈歌にはあまり負荷をかけるのでなく、ポエジーとして深く心を揺さぶる歌であって欲しいと。〉そう、だから短歌を読んでいる。私自身、あまり筋書きが強い連作を読むと、引いてしまうのだ。

2021.11.15.~18.Twitterより編集再掲