成人式にも卒業式にも着物を着られなかったから今、着ているのかもしれない
「高いお金を出したって、どうせ着ないんだから」
母は、そういって私の成人式に着物を買ってくれたことも、レンタルすることもなかった。
私は少し寂しかったけれど、当時は「どうしても」の気持ちもなくて、
「は~い・・・」とうなずいた。
着物姿のみんなには会いたくなくて、成人式の日はスポーツ観戦を決め込んだ。
それはそれでよかったのだけど。
大学の卒業式は、ワインカラーのブラウススーツで出席した。
リクルート用にと選んだもの。
就職用にしては変わっているけれど、気に入っていた。
同級生は式での袴のあと、謝恩会で振袖に着替えて、
「着るのが、親孝行だから」と華やかに笑っていた。
ちくりと、胸が痛んだ。
当時、説明してくれなかったけれど。
母は、生活費も授業料も送ってくれなくなった父の分も、働いて出してくれていた。
姉妹ともに私立大学。
よくやってくれたと、今は尊敬する。
それから10年たって、お茶を習い始めて、着物の美しさを知って。
自分で、着物を楽しむようになった。
忘れ物を、ひろったのかもしれない。
どこかで、心に残っていたのだろうか。
だからなのか、成人式の日に、振り袖姿を見るのはとても好き。
「あのお振袖は私の好み」
「今年はしっとり落ち着いた柄が多いかも」
「歩きにくそうだけど、大丈夫かな?」
「何人かで連れ立って、ほんとうにきれい・・・」
チラチラと見ながら、心の中でつぶやいている。
今になって思う。
こんなお振袖を着てみたかった、とか。
自分だったら、何色で、どんな柄を選ぶんだろう、とか。
だから、ちょっと出してみた。
古典文様で、きっぱりとした柄が好き。
でも、こまやかな柄も美しい。
今選ぶなら、黒か紫色の地に古典柄文様だろうけれど。
20歳のころなら違ったかもしれない、と思い返してみる。
どんな色も、柄も、見るのは楽しくて。
みんなが迷いながら自分に合う柄を探していったのだろうと思うと、ほほえましい。
私も結婚式の日は、黒地の大振袖を着た。
実は30代でも、何度か振袖を着ている。
楽しかった・・・。
だからもう、忘れ物はない、はず。
息子の成人式までは、あと2年間。
何を伝えられるだろう。
今年の成人式に出席される方に。
もしお着物を着ているなら。
その着物や帯があなたにまとわれるまでに、どれほどの人の手がかかっているか思いを巡らせてほしい。
たとえば、柄(デザイン)、手描き、染め、刺繍、織り、コーディネート、小物の様々。
そして着付け。
髪も結って、飾りをつけて・・・
それ以上の手が、あなた自身にもかかってきた。
着物ではなくても。
あなたにかけてきた時間と手と、愛情と。
かけてもらったあなたも、かけてきたあなたも。
大人になるまで、育ったこと。
育てたこと。
今ひとつの結実がここに。
心から、おめでとうございます。
※イラストはノモトサヤさんからお借りしました。ありがとうございます。