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一緒においしいものを 【小説】

町中華の野菜炒め


「乾杯!
お疲れさまでした」

生ビールのジョッキをチンと合わせる。

プロジェクトリーダーの平尾史奈と一緒に飲むのは、初めてだった。
転職してきて、初めて山崎智樹がかかわったプロジェクトのリーダーだ。

確か4つ年上、といってもまだ30代に入ったばかり。
ショートカットで、普段はクールだが笑うと顔がクシャッと縮まって幼く見える。

「平尾さんのおかげで助かりました。トラブったとき、的確なアドバイスをいただけて」
「あれから逆にスピードアップしましたね。なんでも早めに相談してね。前と勝手が違うことは多いでしょうし」

そこへ料理が来た。
豆苗炒めの緑が、鮮やかに濃い。

「うわ、うまそう!」
取り分けて食べると、シャキシャキ感が残っていて
「おいしいです!」

水餃子は、皮が手作りでモチモチしていた。
魚介と黄ニラ炒めは、あっさりしてエビやニラの香りがいい。

最後の焼き豚チャーハンまで、
「おいしい!」「初めての味です!」
といい続けていることに気がついて、智樹は恥ずかしくなった。

史奈は「気に入ってもらえて、よかった」と笑った。

「普通の町中華だけどね。野菜もたっぷりとれるから」
「久しぶりにおいしい野菜を食べた気がしました。
自炊もしないわけじゃないけど、うまくないし。
コンビニ弁当が多くて」

「栄養が取れて、おいしくて、安心できる店・・・会社の近くでも家の近くでも、見つけておくといいですよ」
「見つけたいっすね。こういう店・・・」


ワイン居酒屋のパテ

半年後。

智樹が入社して、3つ目のプロジェクトが終わった。
今回はようやくヘルプではなく、一緒にやった充実感があった。

「プロジェクトが終了しました。
初めてのリーダーにお礼をいいたいので、お時間をいただけたら嬉しいです」

勇気を出して、史奈にメールを出した。

史奈は戸惑っているようだったが「報告したいこともあるので」と押して、時間をもらった。

少し先にある書店の前で待ち合わせた。

会社のとなりの駅だが、歩いて10分。
この間連れて行ってもらった町中華と、似た距離感だった。

「ここです」

フランス料理。

といっても、ワイン居酒屋という感じの店。

席に着くと、
「今日はごちそうさせてください。この間はごちそうになっちゃったから」
「え、いいのに。私の方が先輩だし」というのを流して、スパークリングをグラスで注文した。

安いスペイン産のカバだが、香りがよくて、おいしい。

智樹が「ぼくの知っている範囲の、オススメですけど」と注文をした。

まず厚めの田舎風のパテ。
フランスパンにつけてひと口。
「うわあ、どっしりしてる! ゴロゴロかたまりが入っていて、美味しい!」
「レバーが好きでよかったです」

20210925パテドカンパーニュ

「すみません。
はじめのチームで鍛えてもらったおかげで、今回がんばれたので、お礼をいいたくて」
「わざわざありがとう。
あの厳しい片岡さんが、”戦力になった”ってほめていたわよ」

続いて、季節のたっぷりサラダ。
色どりがきれいで、生野菜だけではなくブロッコリーやキノコが盛られている。

お皿をもらって、どれもシェアする。
取り分けるのは「ぼくに任せてください」と智樹ががんばるが、時どきこぼしてしまう。

「男性がサーブするもんだって、片岡先輩から教わったんですけど・・・」
「うれしいわ。よろしくね」

イワシのチーズグラタンはトマト味で、ここで
「赤ワインいきましょうか?」
「グラスでふたつ」

20210925赤ワイン

メインに子羊のソテー。
カリカリのジャガイモが添えられて、濃い緑色のパセリソースがかかっていた。

「いいお店ね。
会社の近くなのに、知らなかった。よく見つけたわね」

「近くにおいしくて、栄養が取れて、安心できる店を探すといいって教えてもらって。
あそこの中華は本当にうまかったです。
それで新しい店を探したんですよ」

「おいしいし、気さくな雰囲気がいいわ。
また来たくなる店ね」

「連れて行ってもらった店が、すごく居心地がよくて・・・。
探して、ひとりで来てました」

一瞬、いいよどんでから続けた。

「ただ集まるとか、お酒を呑むとかじゃなくて、おいしいものを食べながら話すっていいなあって、あの時に知ったんですよ。
じっくり話せて、本音を自然にいえて。

おいしいものって、なんかこう・・・心が開くっていうか」

「ここも、そういう店ね。
あのお店より、ずっとおしゃれね」

「がんばってみたんですよ」
少し下を向いてから、智樹は続ける。

「・・・え~っと、史恵さん、あ、すみません。平尾さんと食べたくて。
この店で食べた時、一緒に食べたいって思い浮かんで・・・。

ここも、ほかの店でも、食べられたら楽しいだろうなって思えて。
一緒においしいものを食べたいってこういうことなんだって、わかった気がして・・・。

また、ご一緒して、もらえませんか」

一気にいった、つもりだったが、つかえながら、だった。

史恵は、目を見開いて聞いていた。

ふっとうつむいてから、つぶやくようにいう。

「・・・そういうつもりじゃ、なかったんだけど」




「・・・あのお店、会社の人を連れて行ったのは、初めてだったの」


万年筆


ありがとう森バージョン


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