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あの時英語でこう言いたかった~無料のプログラムは気軽に休んでいいものか?

 日々、ネタには困らないこの「あの時英語でこう言いたかった」ですが、今回は、昔から私が気になっている、「何かを休む」と言うことについてです。

私は、何かを継続することでここまできました。楽器を毎日(フルート本気期間11年、三味線練習10年)。学校もほとんど休んだことはありません。英語の勉強も、細々と続けてきました。

では、私は継続して何かが出来るような人間だったからか?

違います。

小学校3年生の時に、私はミニバスケットを始めました。上手でもなかったけれど、練習は楽しかったです。でも、次の年、先生が変わってしまいました。先生が移動になってしまったからです。

私はとたんに練習がつまらなくなった気がして、しばらくして止めてしまいました。

今でも「あの時、なぜそんな些細な事を理由に部活動をやめたのか!?」と思う事があります。

あれから私は、少々「しんどいなぁ」と思っても『いやいや、じゃぁ、あそこまで。後悔先に立たず!がんばれ!』と少しだけ遠くの目標を設定して頑張ってきました。また後悔するのが嫌だったからです。目標に到達してはまた延ばし、到達してはまた延ばし・・・私が中学生の時の話ですが。

その後、「将来自分は何者になるのか・・・」も分からないまま、音楽の道に進みました。その頃は自衛隊の音楽隊か宝塚歌劇団で演奏する人になりたいくらいに思っていました。

無事大学生になれたある日、演奏会の打ち合わせをしていると教授がおっしゃいました。

「たとえ君らの演奏でも、【無料】にはしてはいけません。50円でもいいからお金を頂くのです。そうしなければどれだけチケットを配っても、『無料なら行かなくて良いか~』と思う人ばかりで、たいして人は来てくれません。そして多少なりと私達もお金ももらうのだから、練習には力がはいるでしょう?」と。

それらの経験が今の私を作りました。

継続は力なり
どうしても無理なときは休んでも良いけれど、止めたら終わり

安く(無料)で提供されているように見えても、裏では打ち合わせに
段取りに一生懸命働いてくれている人が居ることを忘れてはいけない

つまり、ボランティアの子守りのように見えて、子ども達にはいろい発見があるサマーキャンプなのですから、むやみに休むべきではないと言うのが私の結論です。


余談

子どもの頃、おばあちゃんと「水戸黄門」をよく見ていました。「後悔先に立たず」はそれで覚えました。また、なんだか悔しかったときは「一寸の虫にも五分の魂」を呪文のように唱えてました。今思うと、意味は少し間違って覚えていたかも知れませんが。


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