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生き残るマンモスー就職氷河期、リーマン、コロナー 3. ツギハギ派遣道とイラスト副業編

キラキラ一流と地べたを這う生活の間に生きる

 前回の最後で、まんまと派遣ではあるが超絶優良企業「スイス銀行」で仕事にありついたとお伝えした。
 そう、郵貯に5万円で求人サイトのゴースト案件を眺めるしかなかった無職の女が、いきなりすてきなキラキラした場所に行ってしまったのだ。 
 しかも上司は面接で出会った美人さん……とくれば、なんだか楽しい日々の始まりに聞こえるかもしれないが、実際はそんなに甘くない。
 私が仕事をいただけたのはITのヘルプデスクというポジションで、証券マンやらが(この時点でだいたいどのスイス銀行かわかってしまうのだろうけれど、あくまでもぼかさせていただく)パソコンなどの不調を連絡してくるのを対応するのだ。
 ここでの様々な出来事だけでも本1冊分くらいになるくらい面白いのだが、おそらくNDA的にまずいだろうから、まるっと割愛させていただく。
 ただ言えることは非常に大変で、また非常に楽しくて、やりがいも学びも、辛くて泣いたことも、また面白さも出会った人々も全てが格別だった。
 にもかかわらず、ここでの派遣契約を終了して、あまりに無謀な路線へと足を踏み込んでゆく私なのだ……が、ここで出会った本物の、真の稼ぎまくる実力を持った人々の姿を記憶していたおかげで、偽物を判別できるようになった。
 派遣をつなぎ副業イラストレーターをする間に自称デザイナー、自称起業家、自称○億円稼ぐ人、自称芸能事務所の人などなど、
……色々と遭遇することになったのだが、怪しい匂いだけはわかるスキルをいただいたのである。
 そしてすでに前述したように、派遣とはいえ安定した収入とエキサイティングな日々に終止符を打ち、なぜか私という人間はその次も別の派遣をつなぎながら絵描きで生きていこうとし始めた。
 なぜそんなことになったのか。
 少し私という人間の背景をお知らせ、しなければなるまい。

夢がなきゃ生きられない

 おもちゃの代わりに広告の裏に絵を描いていた幼少期から、絵を描くのが生存手段の一つだった。
 運動は苦手で勉強もできるわけではなく、さらに各種のアレルギーがあり活発に外で動くような子供ではなく、よく高熱を出していたから下手でも何か描いて褒められるというのは唯一の自己肯定感を維持する手段だったわけだ。
 幼少期に染みついたこの感覚は抜けることがなく、学生時代もいつでも「褒められる絵」を描くことで自分を保っているような部分があって、絵が好きなのかと聞かれると正直、困っていた。
 なぜなら誰にも評価されない絵を描いたときは、心から嫌いになっていたからだ。
 絵を描くというと絵が好きな人、と思われがちで有名な作者を挙げられて「えっ、○○を知らないの!?」と言われることもしばしば。
 正直にいうと、幼少期からずっと一度絵が描けなくなった私史上での絵描き暗黒時代までの前期は、他人の絵なんかどうでも良かったんだと思う。
 好きな絵はもちろんあって、気に入った作者の名前だけは(ごくわずがだけれども)記憶していたけれど、本当にそれだけ。
 とてもとても、失礼なやつなのだ。
 だが若さゆえなのか、単に愚かなゆえか、皆目どこに向かっているのか分からないまま闇雲に突き進み、スイス銀行での派遣契約を終えた後は、副業イラストレーターとなった。就職氷河期は相変わらずで、スイス銀行での就業経験をえたおかげで同じようなIT業界で外資であれば派遣のポジションはあった。あったが、いずれもやはり派遣である。
 どうせ派遣しかないのであれば、なにも同じ業界にこだわる必要はないと思った(できればITはしばらく遠慮したかった……というのがこの時点での本音であるが)のである。
 イラストレーター、というのは特に資格があるわけでも免許があるわけでもない。名乗ろうと思えば誰でも名乗れるし、いつでもなれる。
 美大を出てようが出てまいが、関係ない。
 問題は、そこに対価のつく仕事がやってくるかどうか、という話だ。
 最初は本当に仕事らしいものは(当然ながら)何もなく、自分でアポ取りしてポートフォリオを持参して営業しまくった。当たっても当たっても何にもならないことが多かったし、アポすら取れないのが当たり前。
 本気で心が折れそうになるほど、辛辣な意見もたくさん聞いた。
 それでも絵に齧り付いているうちに、一件、二件と好意的な反応をくださる出版社やデザイン事務所さんに巡り会えた。
 とてもありがたかった。けれど、一件のギャラは数千円。
 わかっていたことだが、副業イラストレーターというのは、生活を支えられるほどの収入がある本業がないと成り立たない。
 というわけで、ヘルプデスクを皮切りに派遣をつなげて生き抜く時代がはじまったわけである。
(トップ絵はこの時代の終わり頃に展覧会で入選した際のもの。ものすごく暗いのだが、それの理由はまた次回に)

転職のメンタル(2)

 転職する際には必要なことがいくつもある。
 まず第一に必要なのが、自分自身の準備だと思う。
 よく謙遜が美徳だと言われるのだが、転職や就職に至ってははっきりいって戦国時代だ。完全に弱肉強食であり、一歩先に前へ出ていくものが良い物件をさらってゆくのがあたりまえだ。
 そのジュラシックパークみたいな状況では、明らかなティラノサウルスみたいなのが強い。ここでティラノ級のわかりやすい特徴を挙げてみよう。

・動きが無駄なく早い
・表情が豊か、声が明るい
・姿勢がいい
・落ち込まない
・細かいミスは気にしない
・とにかくポジティブ
・だいたい友達が多い
・空気が読める

 陽キャですか? はい、そうです。一般的に好青年と呼ばれるタイプが、これ。我ら陰キャには生きづらい世の中なのだ、本当に。このティラノさんたちはだいたいがクラスの中でも賑やかなグループに属し、スクールカーストも上の方で、大概が運動部だったりする。
 対して、私はというと教室の隅でアニメの絵などをコソコソ描いて見せ合う少数女子グループにいたのだから、今でもティラノ系を見るとビクビクする。当然ながら、文化部である。
 動きは緩慢、できれば動きたくない。無表情で過ごせるものならそうしたい。猫背、落ちる時は奈落の底まで落ちる。細かいミスが頭をよぎって寝つかれず、基本がネガティブで友人は片手に入るくらいで、空気は吸うものである。
 自分が面接官だったらと考えれば、まあ、確かにティラノ系を採用するな……なのだ。
 しかし生まれ持った特性などは致し方ない。そして面接のためだけに見た目だけよくする手もあるのだが、それは仕事を始めたら一気にメッキが剥がれてしまうのでお勧めしない。事実、(この時点から数年後に)私が採用に関わった方でやっぱり面接メッキだった方がいたが、メッキは確実に剥がれるし、所詮はウソなのだからマイナス要素にしかならない。
 できれば、本当の自分が持つプラス要素を高めて、そのいいところをアピールして評価、採用してほしい。それが転職や就職の面接だと思う。
 (1)でご紹介した自分の構成要素をすべて書き出すのがお勧めだが、その上で次のステップをご紹介したい。
 それは「どんな自分になりたいか」である。
 書き出した自分を構成する様々な要素の中には、ネガティブなものがあるだろう。全くない、という人はおそらくいないはずだし、もしもないとしたらそれはまた別の問題がある気がする。
 ネガティブな部分は、見方を変えればポジティブになる。前述した動きが遅い、という点ももしかしたら石橋を叩いて渡るタイプなのかもしれない。
 なりたい自分をまずは設定してみることは、現実の自分の成長ポイントに気づかせてくれる機会になる。
 ここで気をつけなきゃいけないのは、いくらなんでも無理な設定はしないことだ。例えば、身長150cmちょいの私が170cmになりたいと設定しても無理だし、10歳若返りたいとか書いても、そりゃあんたタイムマシンが必要でしょって話になる。
 無理なもんは、無理。サッパリあきらめて他の伸ばせる点に目を向ける方が時間の無駄にならなくてよい。
 そうしていくつかの面接ポイントを自分なりに作って、何社も渡り歩くことになった。面接を受けただけならものすごい数になる気がするが、正直これは数えたことがないので分からない。中には変わった会社もあって、書類審査通過で面接の連絡を受けて行ったら薄暗い雑居ビルで、エッセイを書かされ、なぜか社長のご講義を2時間ほど聞かされた上で「お前はクリエイターに向いてない、才能がない」と罵られ、わけがわからんうちに帰されたこともある。ちなみに英文事務のポジションで応募していたので、本当にわけがわからない。
 面接を受けただけの会社は、英会話教材販売会社、輸入貿易会社、ネットワーク管理会社などなど。
 私の経験してきた派遣の仕事は主に「英文事務」と呼ばれるもので、当時で時給が1500~2100円。月給でいうと24万〜34万くらいか。
 法務的な書類を扱うような部署だと少し時給が高めだったり、バイリンガル的な仕事が入っていれば(海外と電話でやり取りとか)少し高めだったりした。そこに残業代が入るので、まあまあ悪くない給料だったと記憶している。
 転職の準備は履歴書のアップデートや服装など、いろいろとあると思うのだが一番大事なのはメンタルの準備だと断言する。
 飾りすぎてもいけないし、ウソはもっとダメだ。
 超一流の詐欺師でも長い期間居続ければいつかボロが出るように、バレて困るようなウソはつかないに限る。
 稀に息をするように嘘をつく人に遭遇するが、ああいった人は自分の本当が見えているのだろうかと気持ち悪さを感じてしまう。なりたい自分を設定することは大事だし、自分自身を高めるためにも有益だと思うけれど、ウソをつくことは真実の姿をただ分厚く塗り固めているにすぎない。
 本体はどんどん醜悪に貧弱になってゆくのに、気の毒だ。

 できれば、せっかくの転職や就職という他人に自分という人間を評価される稀有な機会なのだから、本当に自分自身がプラスの方向に成長できる機会にしたらいいと私は思う。
 この頃私が設定した派遣仕事での「なりたい自分」は、派遣だけど仕事ができると頼りにされる人、だった。そうなれていたかどうか、は当時の上司たちに聞かねばわからないが、もしも力になれていたら嬉しいと思う。

 こうして昼間は派遣社員として働き、帰宅してからビール片手に猫に邪魔されながらイラストを描くという時代が始まった。この頃の私の幸福度は、まあまあ良かったんじゃないかと思う。
 当時は不満だらけだったが、今になって思えばまだ20代で体力もあって決まった給与が貰えて平穏に暮らせていたのだから、悪くないと思う。
 本当の大変な日々は、その数年後にやってくるのだから。

 <4.天国と地獄、ボーナスとセクハラにつづく>

#就職氷河期世代


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