第26章 メジロドーベル-「別に気にかけてくれなくていい。そういうの、慣れていないから」・・・対人恐怖で、イラスト描きを隠れてしているメジロ家の令嬢-
●実在馬
サラブレット メス 鹿毛
1995年5月6日-存命中
北海道伊達市のメジロ牧場に生まれます。
父メジロライアンは1991年の宝塚記念優勝馬で、母メジロビューティーは、故障のため2勝のみで引退しています。
桜花賞、オークスではあと一歩のところで届きませんでしたが、秋華賞で優勝します。
エリザベス女王杯で2年連続勝利して引退します。
通算成績:21戦9勝 2着3回 3着1回。
騎手はすべて吉田豊。
ゲームの声:久保田ひかり
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濃い栗色の長い髪。
勝負服は白と青緑。
担当していた、年老いたおばさんトレーナーには「ベルちゃん」と呼ばれていました。
見かけはちょっと気が強そうだけど、実は大勢の前では緊張しやすく、委縮する、対人恐怖の女の子です。
名門メジロ家に生まれ、走るのが当たり前だから走り出しただけ、と本人はいいます。
しかし、子供の頃の初レースで、スタート直後にコケてしまい、大きく遅れてゴールします。
「エラい!」
「がんばれ!」
「大丈夫!」
という歓声が飛んだのですが、メジロライアンやメジロブライトたちへの称賛の歓声とは異なり、「実は」笑われている、哀れみの声としてトーベルは受けとめてしまい、それがトラウマになっていたのです。
並走でのタイムはすごくいい。でも衆目にさらされるレースでは、胸の動悸と緊張の高まりによって実力が発揮されないのでした。
レースの最中は、決して観客席の方を見ないようにしています。
それがレースに集中することだと本人は思い込んでいます。
おばあさんトレーナーは、そういうベルちゃんを信頼し、励まし続けてくれていました。
新人トレーナーは、最初はサブトレーナーとしてそのおばあさんに付いていました。
しかし、そのおばあさんは、ついに倒れて引退することとなります。
ドーベルは、トレーナーが最後に観てくれるであろう、2週間後のレースに何とかして勝ち、恩返しをしたいと焦りますが、気持ちは空回りするばかり。
後任の新人トレーナーの前に、
「ビビんないでよ。まともに人と目をわせたことないの」
と現れます。
私の目からすれば、ビビっているのはドーベルの方で、完全に「投影」なんですが。
「だから、あんたと話すのもメンタルトレーニング。つきあう義理ぐらいあるでしょ?」
並走した”女帝”エアグルーヴは、彼女の実力を認め、励ましてくれます。
同じメジロ家、同期の、ポワポワしたところのあるメジロブライトは親しく接してくれているし、メジロライアンも見守ってくれています。
でも、ドーベルの目からみたら、マックイーンやライアンやブライトは、明るい陽のあたる世界にいるのに対して、自分は暗いところにいると感じていました。
みんなが当たり前のようにできていることが、私にはできない。
新人トレーナーは、
「観衆の方をしっかりと見てみたら」
とアドバイスします。
これは一見単に度胸試しや、人の目に「慣れさせる」ためのように見えますが、私は、それ以上の意味があると思います。
人の目を気にする人は、実は人が、実際に、どんな気持ちで自分を見ているのか、そもそも確かめようとしたことがない人が、少なからずいます。
蔑(さげす)んたり、馬鹿にしたり、嘲笑したりしてくる人たちばかりではないはずなのにです。
少なからぬ場合は、思い込みの堂々巡り。蔑んでいるのは他ならぬ自分自身ということが確実なだけです。
こうなってしまう原因は、いろいろなケースがありますが、人にはっきりと「ほめてもらえた」ことがない人など、典型でしょう。
私自身、大学院生の頃までは、かなりのあがり症で、人前で緊張しやすく、まあ、おたくでファッションセンスもありませんでしたから、通りがかる人が皆自分を軽蔑するまなざしを向けているかのように感じていました。
ある時、やさしそうな先輩に思い切って尋ねてみたのです。
「僕が何か言うと、まわりは何も感想を返してくれません。そんなにつまらないことを言っているのでしょうか?」
先輩は答えてくれました。
「いや、正反対だ。君が言うことに圧倒されていて、返す言葉が思い浮かばないだけだよ」
これは私にとって、人に言ってもらえたことで、これまでの人生で、一番のターニングポイントとして記憶されています。
それから、徐々に思うようになりました。
そもそも世間のほとんど全部の人は、私のことに「無関心」だ。
いちいち「軽蔑」すらしてくれていない。
「軽蔑」されたとしたら、それだけ注目をひかれたということ。
だから、私は、自由にふるまっていい。
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「人の目を気にするな」とはよく言われることですが、では気に「しない」とはどういうことなのか? それは全然アドバイスになってないと、私は思います。
むしろ、徹底的に「気にして」みるのはどうでしょうか。
しかも、最悪の悲観的な可能性から、楽天的な、虫のいい可能性まで、さまざまに、「金銀パールプレゼント!(古い。若い読者の皆様には、よほどのCMおたくに人でないと思いあたらないかな?)」とばかりに、色とりどりにシミュレーションしてみるのです。
そうすると、「もう、どこからでもかかって来やがれ!」と思えるようになれるかもしれませんよ。
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実は、ドーベルは隠れた趣味を持っていました。
幼児向けの、魔法少女アニメが好きだったのです。
彼女はそのイラストを、こそこそと描いていました。
アグネスデジタルにはそのことがバレていまして、デジたんが、キングヘイローの同人誌を作ろうとした時に駆り出されます。
実は、そのアニメに扮した店員がいるメイドカフェに行ってみたくたしかたがなかったのですが、勇気が出ないでいました。
トレーナーは、一緒に行くことにします。
ここは自分のいていい空間ではない。
最初はメイドのノリに、どう答えたらいいかわからず、凍りついていましたが、トレーナーの、
「自分なりの言葉で答えたら?」
といううながしに導かれて、やっとメイドさんとコミュニーケーションできるようになります。
一般に、おたくの人って、何か一定のパターンのお決まりの言葉でコミュニケーションしないとならないという約束ごとに囚われ過ぎだと思います。
そういう「場をわきまえない」発言に「引いて」しまうような輩がいたといしても、スルーすればいいだけのことです。
興味を持って、面白がる人たちも、仮に少数であったとしても、出てきます。
そういう人たちとだけ友達にならばいいわけで、別におたくみんなに好かれなくてもいいわけですよね。
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さて、少し話題を転じて、カウンセラーが、おたく趣味の人たちとどう接すればいいかということについての私なりの考えも書いてみます。
ここからの部分、カウンセラーの人も、ぜひ読んでください。
お会いする子供や若い人が、おたく趣味を持っていることが露見したとしても、ご本人がその話題を進んで話す場合を除いては、決して根ほり葉ほりきき出そうとしないでください。
なぜなら、おたくというものは、「自分の世界」を大事にしていて、その楽園の安全さをみだりに打ち破って「侵入」しようとしてくる人たちを拒絶しがちだからです。
特に自分におたく趣味がないカウンセラーは無理をしないこと。「話をあわせよう」とし過ぎないことです。
本人が自分から望まない限り、実際にそのアニメやコミックを観たり、ゲームしなくていいです。
私は、「鉄腕アトム」以来アニメをリアルタイムで観てきたテレビっ子で、皆が見ていたアニメはたいてい観ていましたし、長じても、「ヤマト」以降のアニメブームにどっぷりつかり、大学院生になってもアニメ雑誌の投稿常連、ついには「アニメージュ」の徳間書店への出入りが許されるとことまで行きました。
「エヴァンゲリオン」「天空のエスカフローネ」を最後にアニメからいったん遠のきます。
それは、「エヴァ」についてのパソコン通信の会議室で知りあった「一般社会人」の女性と遠距離恋愛の末に結婚して、子育てに忙しくなったせいです。観るアニメは、宮崎駿さんの映画と「ハム太郎」「クレヨンしんちゃん」ぐらいになりました。
結局離婚して一人暮らししなり、久々に観たのが、ブームになった「魔法少女まどか☆マギカ」、引き続いて「転るピングドラム」。後追いですが、「化物語」シリーズも好きになりましたね。
でも、深夜アニメにはそれ以上関心を持たず、細田守監督と深海誠監督の劇場作品はすごく気に入りましたが、次にマイブームになるのは「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」まで待たねばなりませんでした(遠からず同人誌を出すつもりです)
コミックは萩尾望都と松本零士、高橋留美子はほぼ全部読んでいますし、「エースをねらえ!」「あしたのジョー」の大ファン、あとは、好きな作品は非常に散発的。「ホットロード」、「ここはグリーンウッド」や「アーシアン」や川原泉作品とかが、パッと思い出すところ。
「銀河英雄伝説」は大好きですね。
ゲームといえば、「ウマ娘」以前には、実はPCエンジン時代の「卒業」と「誕生」にだけはハマったことがありまして、どちらも育成シミュレーションゲームですから、「ウマ娘」になじむのは実に簡単でした。
好きなアニソン歌手は水樹奈々。
・・・まあ、こんなことすら、この本の読書にとっては、余計な私についての情報提供かもしれませんが、話題を少し前に戻しますと、ともかく、学生相談やスクールカウンセラーのみなさんに忠告したいのは、相談相手の子供や若い人との対話が続き、「間が持つ」ようにという目的から、自分の方からアニメやコミックやゲームの話題を振るなということです。
カウンセラー自身が「無理して」話をあわせようとした分だけ、子供や若い人は、自分がほんとうに言いたいことは言えなくなると思っておいた方がいいです。
カウンセリングがうまく行き出すと、子供や若い人は、その種の話題をふられると、むし迷惑がりさえしはじめます。
私は、自分にどっぷりとおたくなところもある(同時にリア充も生きてきた二重性がありますが)ことを、むしろいかに押しとどめて、カウンセリングをしようとこころがけている人間です。
もしこの本の読者の皆さんの中に、私のカウンセリングを受けたいという人がおられても、私は、自分の方からはウマ娘の話題に熱中しないようにこころがけると思います。
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・・・どんどん脱線して、私はメジロドーベルのことを読みたいんだけど、という読者に皆様のお叱りをうけそうなので、そろそろ本筋にもどります。
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メジロドーベルは、レースで結果が出せるそうになって、称賛を浴びるうになっても、全然対人恐怖が治らないんです。
エアグルーヴは、
「おまえが本当に恐れているのは、期待を裏切ること」
と言い切ります。
ドーベルはやっと気づきます。
「でもそれば、私を信じてくれる人がいて。高みに挑戦しているからこそなんだ」
エアグルーヴは続けます。
「恐怖を感じたら、自分を信じてくれるたちの言うことに耳を傾けろ。
・・・ライアン、ブライト、そして私がいる。
そして何よりトレーナーがいる」
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その後、ドーベルはついに気づきます。
「私は『メジロドーベル』になりたいんだ。
私はみんなみたいになろうとしていた」
・・・もう、これで何も私は付け加えることはありません。